求める場所
ジョットに、一人歩きをするなと忠告してから数日。
まるで、決められていたかのように、その日はやってきた。
その日。朝から、ジョットの姿が見えなかった。
普段彼が無断で出歩くことは、滅多にない。散歩にいくにしても、必ず僕に一言伝えてから行く。僕を、心配させないようにしていたのだろう。
だけれど、今日は違った。何時ものように、彼を起こしに行った僕が見たのは、使用した形跡のない、ベッドと・・・鍵の開けられた、窓。恐らく、彼は。昨日の夜から感づいていたに違いない。
いや、きっと…もっと、前。あの男の「失踪」を聞いた時から。
「超直感」―――彼の身体に流れる血の持つ、特別な力。あらゆるものを「見透かす」能力―――それは、未来をも感じることが出来る。ボンゴレにおいて、その力は便利なものであったのだろうが、彼は時折その能力に酷く悩まされていたと言う。
見れなくても良いものまで、見てしまうと。
そう笑いながら話していたのは、そう遠い日ではない。この日が来ることを、心の中では解っていたのに。あの男の息吹を感じた彼が、黙って待っていることなど出来はしないと、解っていたはずなのに―――。
何故僕は、力尽くで彼を閉じ込めてしまわなかったのだろう。先の結末は、超直感で無くてもわかる―――解って、しまう。
・・・・・・だけれど、僕は。
心のどこかで、「彼の幸せ」を求めていたのかもしれない。僕では決して与えることが出来ない、大空の、「幸せ」―――。
どのような形であれ、彼の幸せは一つしかない。
「にせもの」ではない瞳。「彼」が望むのは、「その男」の「声」―――それのみ。
彼は、何も欲しがらない。―――欲しがることが、出来ない。
何も、求めない。―――求めることは、許されない。
それはボンゴレに居たときから、ずっと変わらない。―――大空という、唯一、だったから。
華奢な身体で、その拳ひとつで、組織を纏め上げた。業を1人で背負って立ち、誰にも縋ろうとは決してしない。
…誰もが、彼に縋った。彼に手を伸ばした。その度に彼は、腕を広げ、穏やかな笑顔で迎え入れる。全てを受け入れる代わりに彼は、誰のものにもならなかった。誰のものになることも、許されなかった。
ボンゴレの「大空」は、誰のものにもならない。なってはならない。それは、暗黙の了解だったと言える。
だから彼は求めなかった。愛しい男が、自分を想っていると解っても、その想いに応えることは、出来なかった。
伸ばせばすぐ届いたはずの腕を、引いて。名を呼ぶ口も、閉ざし。ボンゴレの、未来のためだけに、「幸せ」を、捨てた。
だから。
もう、叶えてやってもいいのではないかと、僕は思ってしまった。以前の僕ならば考えもつかなかったような、甘い思考。きっと、彼の甘さが移ってしまったに違いない。
愛しい人に名を呼ばれる「幸せ」―――ささやかな、願い。
ずっと彼は我慢してきたのだから。
「ボンゴレの大空」として、我慢せざるを得なかったのだから。
だから―――僕は彼を、止めておくことが出来なかったのだ。
それは、僕だけで無く。
窓の下で呆けている、雲も。恐らくは、同じ想いを感じたのだろう。
「・・・彼を、逃がしましたね。」
「・・・お前だって、解っていたんじゃないのか。」
「えぇ、けれど・・・君には止めるチャンスがあったはずですが?」
「・・・」
「・・・お前は、止められるのか。あんな顔したあの子を。僕は行くなと言ったんだ。良くない予感がしたから・・・行くなって。そしたら彼、笑ったんだよ。・・・僕が、好きになった顔でね。」
止められる、はずが無い。・・・雲は珍しく、途方にくれた顔をしていた。
この先に待ち受けることに、後悔をするのはわかっている。もっと強く言い聞かせておけば良かった。閉じ込めてしまえば良かった。そう、思うのは間違いない。
――――それでも。
今の僕らに、彼を止めることは出来ない。
彼は、気付いていたから。だから、僕の忠告も雲の制止の声も聞かずに飛び出した。
…そう。わかって、いたのだ。これから先に起こる、何もかもを。
何て、悔しい。何て酷い人だ。
貴方が愛したのが僕ならば良かったのに。
貴方が求める瞳が、僕のものであったなら良かったのに。
貴方の幸せが、僕の声であったなら――――
貴方の、求める場所、が。
僕の腕の中であったなら、良かったのに。