代わりとしても。
「良かったのですか、あんな別れ方で。」
日本に向かう、ヘリの中。気高く、美しい僕の主は、ずっと地上を見つめたまま動かない。ぼんやりと、先ほどまで立っていた場所を見下ろしている。もう、何も見えなくなっていると言うのに、その視線は逸らされない。
彼は、強い男(ひと)だった。
そして、優しい男(ひと)だった。
わけ隔てなく注がれる慈愛に、誰もが手を伸ばし、縋る。その厳しさに、誰もが頭を垂れ、永遠の忠誠を誓う。
ボンゴレ初代、ジョット。
名を聞けば皆驚き、敬愛の眼差しを向け、決して誰の「もの」にもならない、ボンゴレの「大空」――――。
僕がこの「大空」の虜になってから、もう随分と経つ。彼からこの計画を聞かされたときは、正直驚いた。内容にではない。「協力者」に「僕」を選んだことに、だ。・・・だが。・・・深い、意味など無いに決まっている。都合が良かったのだろう。
彼が、・・・「あの男」から、逃げる為に。
ただ一人、「大空」の心を揺り動かす男。僕よりも前に、大空の虜となった、翡翠の目をした男。
口に出すことは一度としてなかったが、きっと「大空」は「彼」が、特別だった。「ボンゴレの初代」ではなく―――。・・・「ジョット」という唯一として、「彼」を想っていたのだろう。
分け隔て無く向けられているはずの「大空」の瞳が、時々。「彼」にだけじっと、静かに注がれるのを、僕は見てきたから。
だけれど、「大空」の想い、は。叶えられることは、無かった。ボンゴレが強大になるにつれて起こる、ファミリー内での抗争。全てを纏め上げるには、「大空」は、余りにも優しすぎた。強大な力を纏めるために必要なのは、「絶対的な支配」。誰にも「ボンゴレ」に逆らうことを許させない、「恐怖」。
だから、「大空」は。
「彼」を、信じて。
「ボンゴレ初代」の役目を果たす為に。
「彼」を、裏切った。
怒りの矛先を、自分へ向けて。自分の想いも、伝えることなく。ただ。「家族」の未来だけのために、「大空」は。自分が一番辛く苦しい想いをするはずの選択肢を、選んでしまった。
「…何も伝えずに離れてしまって、良かったのですか。」
「…霧よ。私を愚かだと思うか?」
視線はずっと、地上を見ている。
「いいえ。ただ…これでは余りに、貴方が…」
「…いい。私は。これで、充分」
もう見えなくなった、男の姿を見ている。
「…死んでも許さない、か…」
「ある意味、究極のプロポーズだとは思わないか?」
「死んでも私を、想っていると言うんだ。」
そう言って笑った、「大空」は。いつか、「彼」に向けていた笑顔を今、浮かべていた。
地上に、向けて。そこにいるであろう、男に向けて。
「…どうして、僕を?」
「うん?」
「日本に飛ぶのなら、雨でも良かったのでは?」
愛しい、貴方。僕のただひとりの、大空。穏やかな瞳が漸く地上から離され、大空は僕を見つめた。そして、僕の―――赤い、瞳を見つめて、ゆっくり唇を動かす。
「…戒めだよ。私自身への。」
「お前の瞳の色は、・・・一緒、だから」
愛しい声で、残酷な言葉を紡いで。表情を悟らせない瞳で、貴方は再び地上を見下ろした。
「…愚かだろう、私は。」
貴方が愚かだと言うのならきっと、僕も愚かだ。大空が想う「彼」が、最後に見せた瞳の色。怒りに満ちた、―――緋色。
「代わり」に「僕」を選んだ―――そう、だとしても。
貴方の傍に居られることが許されるのならば、僕は。
「何処までもお付き合いしますよ、貴方の為ならば。」
少なくとも、「彼」よりは、幸せだと思ってしまうのです。愛しい貴方と、遠く離れてしまうよりは、ずっと。
愛しい、大空。
どこまでも、貴方と共に。