サン・バレンティーノの日【セコプリ】



ささやかな幸せ







その日。ボンゴレの創始者である、ジョットの部屋は。文字通り、溢れる程のプレゼントで覆い尽くされていた。かろうじて執務をこなす為の机はちらりと姿を見せているものの、肝心の書類はプレゼントの山に埋もれ、座るための椅子は、最早どこに行ってしまったのか、影も形も見えない。

・・・そういった理由から。
この日、ジョットには有無を言わさず休暇が与えられる。


2月14日―――サン・バレンティーノの日、は。


プレゼントは勿論、彼を慕う守護者以下、ファミリーからのものである。花束から、ハートを模したチョコレートから、手作りのマフラーや手袋から・・・贈り物の形は様々で、ジョットの部屋をぎっしりと埋め尽くしている。この日が「愛し合う者同士の日」であることは、イタリア人ならば誰でも知っているであろうことだが、そこは常識の通じない男ばかりの集まった自警団・ボンゴレである。想いが一方的であろうと、この手のイベントは、愛しのジョットへ愛の籠りまくったプレゼントを贈らずにはいられないのである。

当のジョットは、と言えば。
ひっきりなしに送られるプレゼントには、笑顔で礼を告げ。守護者達からの熱烈過ぎるアプローチも、笑顔でさらりとかわし。いい加減日も暮れようというころには、流石に疲れを見せ、ふらふらとした足取りで、誰も居ない部屋へと逃げ込んだ。

誰も居ない部屋―――ダンテの、部屋である。彼の部屋には、基本的に守護者も寄り付かず、他のファミリーも好んで近づこうとはしない(彼の強面ゆえに、だろうか)。そしてダンテ自身も、幹部として屋敷を空けることが多い為、彼の部屋に人が居ることは滅多にない。故に、ジョットはこうして、ダンテの部屋へと逃げ込んでくるのである。

重いマントをソファに投げ、幾分か軽くなった身体を伸ばし。ジョットは、漸く一息つきながらバルコニーへの扉を開け放った。冷たい風が、心地よい。柵に肘を預けて、空を見た。青空が、少しずつ影に飲まれて行く。


「・・・ダンテ。」


今日は、帰ってこないのだろうか。前に屋敷を出たのは、何日前のことだったか。ぼんやりと考えて、思わずため息を零す。ポケットを探り、手のひらを見た。小さなBaciが、五つ。守護者の目を盗んで買うには、これが精一杯だった。


サン・バレンティーノの日、は。


愛し合う者同士の日、だから。
愛し合う者同士が、互いに贈り物を贈り合ったり、食事をしたりする、「記念日」だから。―――だから、どうしても。「何か」を、贈りたくて。誰にも気付かれぬように、こっそりと、「Baci」を買ってしまった。―――彼が、帰って来ると言う、確証もないのに。

「帰ってきたとして、」

ただのBaciなどで、彼が喜ぶだろうか。子供だましだと、笑われるかもしれない。Baciを緩く握り締めて、息をつく。ふるり、と身体が震えた。流石に2月なだけあって、少しの時間で身体が冷え切ってしまったのがわかる。ジョットは柵から腕を離し、身体を室内へ向けようとした――――刹那。エンジンの音が聞こえ、ジョットは慌ててバルコニーから身を乗り出した。黒塗りの車から降りてくる姿に、は、と息を飲む。車から降りた男もジョットの姿に気付いて、顔を上げた。途端、表情が穏やかに緩む。それから、軽く手を振って。他の者に気付かれぬようにと、声は出さずに唇だけを動かして、言った。


「今から、そこへ行く。動くなよ。」


今度は、ジョットの顔が緩んだ。それまで感じていた寒さも忘れて小さく頷き、落ち着き無く身体を動かすと、居てもたっても居られずに扉まで早足に近づく。ジョットが扉の前に着くのと、ダンテが扉を開けるのは、ほぼ同時だった。


「う、わ・・・!」


視界には、一面の赤い薔薇。噎せ返るような強い芳香に首を緩く振って顔を上げると、薔薇の向こうに、至極穏やかに微笑んだ、男の姿。


「間に合ったな。サン・バレンティーノの日・・・守護者共には、先を越されちまったが。俺からの、プレゼントだ。受け取れ。」

「こんな、沢山の薔薇・・・保存が大変だって、いつも言っているのに」

「お前に贈る花に、それ以外は必要ねぇだろ?」


当たり前のように、言葉を紡いで。ジョットは、くすぐったいような感覚に襲われ、大量の薔薇を抱えたまま肩を震わせて笑った。それを見るダンテの瞳は、とても、優しげで。他の人間の前では決して見れない、ジョットにしか見せない眼差しで、愛しい者の姿を見つめていた。


「・・・ありがとう。嬉しいよ。・・・あぁ、私からも、贈らなくてはね。」

「お前、から? ・・・買いにいく隙なんて、あったのか。」


驚きと、嬉しさとをからかう口調に乗せて、ダンテはジョットの髪を撫でる。ジョットは、嬉しそうに表情を緩めつつ、薔薇を片手で抱えなおし、ポケットから五つの「Baci」を取り出して、ダンテの前へと差し出した。


「Baci?」

「・・・何とか彼らを撒いて、買ってきたんだぞ?・・・不満か?」

「いいや。上等だ。・・・可愛いな、お前。本当に」

「からかうな。ほら、早く受け取れ。薔薇が落ちる。」


ダンテの瞳が、嬉しくて堪らない、というように細められる。ぶっきらぼうな言葉は、ジョットが恥ずかしがっている証拠、だった。手のひらに乗せられた小さなBaciを取ると、ダンテはその包みを一つ開いて、その中に書かれていた言葉を見る。ジョットはその間に、持っていた薔薇を置いてしまおうとソファまで歩み寄り、そのソファの上へ、薔薇を落さないようにそっと置いた。




『baci e abbracci』





「・・・ほう。なるほどな。」

ダンテの、低い声に。何事かと、振り返った刹那。ジョットは、薔薇の上に勢い良く、押し倒され。落すまいとした努力も空しく、二人分の衝撃を受けた薔薇は、床にいくつも落ちてしまった。

「お前、な・・・急に、」

「生憎だが、な。キスと、抱擁だけで満足出来る程、子供じゃねぇんだ。」

Baciの包み紙を見せながら、ダンテの翡翠の瞳が、ぎらりと光る。今にも舌なめずりをしそうな表情だった。くら、と。ジョットは、目の回る思いを感じた。目の前には、欲情した想い人。周りには、噎せ返るほど香る、無数の薔薇。


逃げ場は、ない。


「Baciは五つ、な・・・折角だから、仲良く分けるとするか。」

「・・・考えてることが丸解りだ、馬鹿。」

「超直感ってのは、厄介だな。・・・顔、真っ赤だぜ、ジョット。」


うるさい、と開いた唇に、Baciがひとつ、押し付けられ。



そのまま、ダンテの唇が重なる。互いの熱で、Baciが溶ける頃には、もう。ジョットの思考も、溶けてしまい。






その後は。











サン・バレンティーノの日。
イタリアでは、愛し合う者同士が、互いに贈り物をしあい、愛を深め合う記念日だと言う。それの贈り物の中のひとつに、「Baci」がある。イタリア語で「Bacio」・・・キス、の、複数形と名のついた、丸いチョコレート。包み紙の中には、名言や諺が書かれていると言う。

『baci e abbracci』

果たして、本当にそう書かれていたのかは。Baciに夢中になってしまったジョットは、知る由も、無く。





ただ、今は。

薔薇の香りの充満する部屋で、二人。


それはそれは濃厚な、「記念日」を、堪能するだけだった。



END




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