押しても駄目なら以下略!!後編



男の嫉妬量は女の五万倍




ジョットとこれこれこういうことをしてみたい―――。
そう思って行動を始めてから、一週間以上が経つ。最初は焦りは禁物だ、じっくりことを運ばないと…と、慎重になっていたダンテであったが、徐々に焦り始めていた。それというのも、彼の想い人であるジョットが、態度の変わった自分に対し、特になんのリアクションも見せないからである。
最初こそ不思議そうに見られはしたが、それっきり。彼はいつもと何ら変わらず、淡々と仕事をこなし、時折守護者と話していたり出かけていたりする。ダンテは、かなり―――それはもう、物凄く。落ち込んでいた。愛されていると思ったのは、気のせいだったのか。本当は本気で、俺を煩わしいと思っていたのだろうか。自らの考えで、ダンテは更に深く、沈んだ。

それから更に、数日。ダンテは昼間から、アジト近くのバーで酒を飲んでいた。
仕事など手につかない。どうせジョットは、俺のことなど気にも留めていないだろうと不貞腐れ(すでに自分が始めたことであるのは忘れている)、誰にも何も告げずに街まで出てきたのだった。ここのバーは、仕事のあとでジョットと良く来ていた。
普段こそ冷たい態度のジョットであるが、人命の関わる仕事をしたあとはいつも大人しかった。ダンテが触れても怒らず、ただ大人しく酒を飲む。あの時間は至福だった。思い出して、顔がでれりと緩んだその時。
ふわりと、女特有の甘い香りがして、ダンテは視線を動かした。その先に、金髪の、綺麗な女性―――恐らく、色を売るのが仕事だろう―――が微笑んで首を傾けていた。座っていいかしら、と、高めの声で問いかける。元より女性に興味の無いダンテは適当に相槌を打ち、グラスを傾け。女はダンテの反応に笑みを深めて、極近くの椅子に座った。


「こんな時間から、お酒? 感心しないわね。」

「うるせぇ。俺の勝手だろうが。」

「あら、怖い。仕事に失敗でもした? それとも、恋人と喧嘩?」


恋人。その言葉に、ダンテは僅かばかり眉を潜める。女はそれを目ざとく見つけ、コロコロと笑い始め。その声に、ダンテの眉間の皴が、いくつか増えた。


「図星みたいね。それで自棄酒だなんて…かわいいひと。ねぇ、わたしが慰めてあげるわよ。あなた、タイプだから、安くするわ。」


ふざけるな、と言おうとして、ダンテは彼女の髪に目を止めた。見事な、金色。愛しいひとを思い出す色に、彼は瞳を細め、徐に腕を伸ばす。女は期待に満ちた瞳を向けている。その表情には気付かずに、肩にかかる髪に触れてみた。





その、刹那だった。





凄まじい音と共に、バーの扉が勢い良く吹っ飛んだ。女は悲鳴を上げ、ダンテは襲撃かと胸元の拳銃を掴み構え、そして。煙の向こうから現れた人物に、彼は目を見開いて、思わず喉を鳴らした。
金色の髪を揺らし、その額には橙の炎が灯っている。手にはめられたグローブも、炎を纏ってゆらゆらと煌き、その炎を映す瞳は、静かにダンテを見つめていた。背中に冷たいものが伝う。鼓動も煩く鳴っている。どんなマフィアと出会ったって、こんなに緊張はしないだろう。





そこに立つ人が――――最愛のひと、でなければ。





「仕事もせずに昼間から女遊びとは。随分偉くなったものだな。」


声に感情は窺えない。銃を持つ手が震え、それはかしゃりと地に落ちた。傍にいたはずの女はとっくに避難しているようだった。


「貴様はまだ、自分の立場が解っていないようだ。」


静かに歩み寄り、一際強く炎を揺らめかせる。ダンテはそこから動けずに、冷や汗を浮かべながら、ジョットの行動を唯々、見つめていた。理由はわからないが、とにかくジョットは怒っている。やはり仕事をさぼって酒を飲んでいたのは不味かったか。どう言い訳するべきか、などと、ダンテは回らない頭で必死で考えていた。…けれど、それは。全くの、無駄であり。待て、と、口を開けかけたときには、もう。
死ぬ気の炎に纏われた拳が、ダンテの頬を全力で捉えていた。


…そう。ジョットは、ずっと機会を待っていたのだ。ダンテが妙な企みを持って、暫く。愚かな男に「制裁」を与える機会を、待ち続けていた。完璧に地面にめり込んだダンテを見て、ジョットは瞳を細めてその姿を見下ろした。ダンテはかろうじて生きてはいたが、顔の形が変わってしまっている。ゆっくりと、ぎこちない動きで顔を上げ、2人は視線を合わせ。ジョットはダンテを見下ろしたまま、口を開いた。


「一度だけ貴様にチャンスを与えてやる。私の質問に答えろ。全て当たれば、許してやる。さもなくば、二度と私に触れるな。」


ダンテの頭の中には、当初の作戦や今後の言い訳など、何も無かった。とりあえず今、ジョットから目を離すことは許されない。本能で感じていた。


「貴様のボスは、誰だ。」

「…ジョット。」

「そう。私の言葉に対し、返事は?」

「Si.」

「お前の今までの言葉に、偽りは」

「それは、ない。あるわけが無い。」

「ほう。私を欺けば、どうなる。」

「死ぬ。」

「ならば、誓え。」



ジョットはそう呟き、炎を消した。地に膝をついたままのダンテに、手を差し出す。ダンテは口と鼻から血を流したままかしずき、その手を取って、ボンゴレリングの嵌る指へと、唇を触れさせた。



「ジョット。俺にはお前だけだ。」



ジョットが纏っていた殺気が消える。ダンテは漸く息を吐き、ジョットの手を取ったままの手とは逆の方の手で口元を拭った。途端、引かれた手にダンテは一度大きく瞬きをし、ジョット、と、掠れた声で漏らして。は、と。息を、飲んだ。




「お前が撫でるのは、私の髪だけで充分だ。」




――――心臓が、止まるかと思った。否、実際、一瞬は止まっていたのかもしれない。あの、ジョットが。手をそっと握り締めて、微笑んでいるのだ。ダンテは堪らず、立ち上がり。その身体を抱きしめようと腕を広げた、瞬間。いつもの表情に戻っていたジョットの拳が、見事に鳩尾に入った。



「二度目はないぞ、ダンテ。」



悶絶するダンテをよそに、ジョットは涼しい顔をしてさっさと歩き始める。ジョットの行動が、不安やら嫉妬やら、様々な感情が混ざり合った結果だと言うことは、今のダンテは勿論知る由もなく。途切れてしまいそうな意識の中、「5秒で来なければ置いていく」というジョットの声に、ふらふらと立ち上がり。それでも何故か嬉しそうな顔をしながら、ダンテは愛しいひとと共に、帰路についた。






蛇足だが。
この後、ジョットのデレ率が、1から1.5程に増えたとか、増えないとか。それもまぁ、ダンテにしかわからないことであるのだが。



ダンテの愚かな作戦は、愚かなりに、成功していた…のかもしれない。


END





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