独りでいること



感情の暴走








夢を見た。まだ私が、ボンゴレのボスであった頃の、夢。ソファで転寝をする私の肩に、誰かが上着をかけた。匂いですぐ、お前だと解って。思わず表情が緩んだ私の頭を、お前がくしゃりと撫でる。―――とても、暖かい、手だった。無条件に、甘えたくなるような。

私はその手に、頭を擦り寄せて。もっと撫でてくれと、強請るように、何度も。そうするとお前は、優しい声で、私を呼ぶんだ。

―――あぁ。何て、懐かしい。どれくらい前の、記憶なのだろう。随分前の記憶であるのは確かなのに、手の平の感触までしっかりと覚えている。



そう、ちょうど、―――こんな、ふうに――――。














は、と。目を覚ますと、もう見慣れてしまった天井が視界に入ってきた。気付かないうちに、ソファの上で寝てしまっていたらしいジョットは、思わず額に手を当てて、幾度も瞬きをする。ゆっくりと呼吸を繰り返し、それから視線だけで、部屋の中をぐるりと見渡した。・・・自分以外は、誰もいない。

「・・・リアルな、夢、だな・・・。」

一人呟いて、ジョットは前髪を掻き上げた。先ほどまで、誰かがそこに触れていた気がした。夢では確かに、二世――――ダンテが撫でていて。その感触が、鮮明に伝わってきた。夢ではないのでは、と思う程に。ジョットは不意に、自嘲めいた笑みを浮かべて、首を左右に振る。そうして、ゆっくりと身体を起こそうとして、気付いた。身体の上に、自身を覆うようにかけられた、上着。ジョットのものでは決してない、大きなサイズの、それ。―――ジョットの鼓動が、大きく鳴った。身体を起こし、その上着を掴むと、ジョットの表情が歪む。


――――どうして。
どうして、お前は、あいつと同じことばかり、するんだ。あいつではないと、否定しているくせに。まるで、あいつのように振舞う。やはり、お前の中にはあいつが居るのではないのか?・・・それとも、お前のその行動は、お前自身の感情で?

解らない。どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。


ジョットは深く溜息をついて、上着を手にしたまま、膝を抱え込む。そこに額を押しつけて、目を瞑った。XANXUSの、匂い。ダンテとは、違う。だけど、胸が苦しくなった。あの日―――XANXUSに、全てを告げた日。あの日から、もうどれだけの日数が経ったのだろう。ジョットはあれ以来、XANXUSに会っていない。ふらりと部屋を出た時に、時折見かけることはあった。或いは、ヴァリアーのいずれかと話している時にも、彼の姿は確認出来た。だけれど、ジョットは声をかけることをせず、XANXUSもまた、ジョットに気付いているのかいないのか、接触することはなかった。・・・けれど、こういうふとしたことで、彼の存在を感じる。スクアーロが差し入れだと言って持ってくる紅茶は、XANXUSが選んだ銘柄であったと最近知った。ジョットが不自由しないようにと、XANXUSがヴァリアーに指示を出していたことも。様子を見に来るスクアーロは、嘘がつけない性格である。ゆえに、彼から何かと情報を得ることが出来るのだった。

・・・しかし、ジョットには。XANXUSの行動の意図が、全く解らなかった。
あの一件で、嫌われてしまったものとも思った。だけれど、こうして、・・・人を介してだが―――世話を焼いてくる。スクアーロは、XANXUSがジョットに恋をしているのでは、とも言った。だが、あれから一切言葉も交わさず、目も合わせていない。XANXUSの本音を知ることは、出来ないのだ。

「・・・だが、あの瞳は・・・。」

かつてダンテが、自分に向けていたものと同じだと、ジョットは思う。そして恐らく、自分がダンテを見つめる瞳も、同じだったのだろう、と。始めてXANXUSと言葉を交わした時には、感じていなかった熱。時が経つにつれて、それは強さを増していった。・・・だから、我慢出来なかった。言うか言うまいか迷っていた自分の想いを、XANXUSに告げた。結果は、最早言うまでも無く。


――――ダンテ。XANXUSにとても良く似た顔立ちの男。ジョットが、恋した男。互いに想い合っていたというのに、時代は、彼らを祝福しなかった。―――ジョットは、ダンテを置いていく形で。ダンテは、ジョットに置いていかれる形で。二人は、離れてしまった。それから、再会することもなく。互い、全く知らぬ場所で、死んで行った。

ジョットはそれを、後悔していた。ダンテは、沢山の感情を与えてくれていたのに、自分は最終的に、彼を裏切ってしまった。誰よりも、愛しかった。何よりも、大切な存在だった。ファミリーを護るボスとしてではなく、ただ一人を愛する、男として。

XANXUSは、良く似ていた。ぶっきらぼうな口調も、頭を撫でる手も、――眼差し、も。どこをとっても、彼は、ダンテに良く似ていて、だけれど、彼ではないと言う。そんなはずはない、と思う。それはそうだな、とも、思う。ジョットにはもう、自身で判断出来る程の余裕が、無かった。唯唯、焦がれている。会いたくて、触れたくて堪らない。名前を呼んで欲しい。気がつくとジョットの瞳は、酷く揺れていた。肩が小さく震え、息が詰まる。堪えようとするも、ひくりと喉が鳴り、次の瞬間にはぼろりと、涙が零れた。

「・・・、・・・。」

はたはたと、手にしたXANXUSの上着に涙が落ちて、染み込んで行く。
顔を歪め、幾度もしゃくり上げると、次第に嗚咽が漏れ、ジョットの泣き声が静かに部屋の中に響いた。・・・一人の部屋が、寂しかった。悲しかった。あの頃から、ずっと。ダンテが帰ってくるのをじっと待って、眠れない日もあった。余りの寂しさに、酒を片手に、ダンテの部屋に押しかける日も、あった。
仕方ねぇな、と笑うダンテの顔が浮かんで、ジョットは更に涙を零した。

その、刹那。

「てめぇは、・・・!」

声に驚いて、振り向くと同時に、ジョットは抱きしめられていた。
上着の主。――――ダンテに良く似た、男に。
涙は、止まらなかった。益々溢れて、ジョットは引きつった声を上げる。比例するようにXANXUSの腕の力は強まり、その口から、酷く切なげな声で、言葉が紡がれる。


「そんなに、会いてぇってのか・・・。」


そんなに、子供みてぇに、泣く程に。


ジョットはただ頷いた。XANXUSの胸元に顔を押し付けたまま、幾度も頷いて、しゃくり上げる。それから、徐に腕を伸ばして、XANXUSの背中にしがみついた。



「寂しい、・・・悲しい、んだ、ずっと・・・ずっと、おれは・・・!」

「おまえが、いなくて、おれは、ずっと・・・!」



「さみしくて、つらくて、堪らなかったんだ・・・!」






悲鳴のような声に、XANXUSは顔をしかめ、宥めるように背中を摩る。それでも、ジョットは泣き続けた。今まで堪えていたものを、全て吐き出そうとでもするように、泣いていた。XANXUSの胸に、縋りながら。

ジョットの言う「おまえ」が。自身のことなのか、それとも自分と重ねている男のことなのか、XANXUSには解らなかった。ただ言えることは、ジョットが今縋っているのは、ダンテではなく、自身であると言うこと。


「ジョット。」


XANXUSは静かに、名前を紡ぐ。泣き続ける彼の名前を、静かに、静かに。


「ジョット。・・・ジョット。」


――――理由は、わからない。だけど、今はそうした方が良いのだと、思っていた。だから、呼び続けた。ジョットが、泣きつかれて眠ってしまうまで、ずっと、ずっと。落ちる直前に、ジョットは小さく、言葉を漏らした。






だけれどその声が、XANXUSに届くことは無く――――――。







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