否定、衝突
未練は、ひとつだけだった。それは、地位や、権力などではなく。
…ただひとり。愛した者への、想い。
「…ダンテ、何て奴は知らねぇ。」
「…XANXUS。私の血を、知らない訳ではないだろう。…その血が、感じている。お前の、中に、居るんだ。…ダンテが、…そこに、居るんだ。」
ジョットが、表情を歪めている。ずっと笑顔を携えたままだった顔が、今は悲しげに歪められ、今にも泣きそうに見えた。拳は強く握られ、瞳は真っ直ぐにXANXUSを――――その奥の、男を、見ている。XANXUSは身体を起こし、眉間の皺を更に深いものにして、ジョットを睨み付けた。
「お前の、瞳が…気になっていた。私を見る、視線が。…とても、懐かしかったから。…まるで、…まるで、あの男に―――…ダンテに、見つめられているような、気がして。」
苦しくて、それでも、どこか嬉しい気分になって。ジョットの視線は未だ、真っ直ぐだった。だけれど、見ているのはXANXUSでは無く。その事実にXANXUSは苛立ちを覚え、視線を背けた。冷めてしまった紅茶を手に取り、一気に流し込む。カチャ、と陶器の触れ合う音が、静かな部屋に響く。
「は、…なら、お前は。俺がその男の、生まれ変わりだとでも?」
不機嫌を隠すこともなく、低い声で問いかけた。その問いに、ジョットはゆっくりと左右に首を振り。ひゅ、と息を吸い込んで、静かに言葉を紡いだ。
「生まれ変わり、とは少し違う…。だが、ダンテは確かに、お前の「中」に居る。…お前、違和感を覚えたことはないのか。どうしてお前は小さな頃から、ずっと私を見ていたんだ? どうして、私をそんな目で見るんだ?」
そんな、愛しげな瞳で。ダンテと、同じ眼差しで。
「…それは、…自惚れでなければ。…ダンテが、お前の中に、ずっと居たからだ。」
ジョットの言葉に、XANXUSは目を見開き、眉を吊り上げ怒りの形相を露にした。勢い良く腕を伸ばすと、ジョットの胸倉を掴み、間近で視線を合わせる。ジョットの瞳が、微かに揺れた。それすら今は、気に入らず。XANXUSは怒りに任せ、声を張り上げた。
「ふざけんな、てめぇ! なら今の俺のこの感情は、全部その男のモンだってのか?会ったこともねぇ男のモンだと? …俺の感情は生まれた時からずっと、俺のモンだ!てめぇを見ていたのも、俺だ! 今てめぇの目の前に居るのも、俺だ!!」
全てを、否定されたような気がした。初めてジョットを見た、あの日から。己の心に宿った感情は、全てが用意されたものだと言うのか。ダンテ、という男に。己がジョットに向けている想いは、己のものでなく、己の「中」に居る男のもの、だと。ジョットは何も言わない。只その瞳を揺らして、とても悲しげに、XANXUSを見上げるばかりだった。胸倉を掴んだ手が、小刻みに震え、酷く喉が渇き、XANXUSはひくりと喉を鳴らす。
「…例えば。俺が、テメェを抱きたいとか、そう思っていたとしたら。そう思うのは、…ダンテとか言う男が、そう思っているから、か?」
「…そう、だと言ったら?」
XANXUSの顔が、歪んだ。口元に笑みを携えて、それでも瞳は笑っていない。ジョットの胸倉から手を離し、ソファから立ち上がる。にたりと、口端を上げて、襟元に手を添えたジョットを見下ろした。
「俺の『中』に、居る、だと? くだらねぇ、俺はXANXUSだ。意思も心も、俺だけのものだ。ダンテ、なんて奴の居る余地はねぇんだよ。」
くく、と喉奥で笑い、すっと瞳を細めると、XANXUSはそのままジョットから離れ、扉の傍へと歩いて行く。ジョットは、振り返らない。XANXUSもまた、ジョットの方へ向き直ることはしなかった。
「仮に、居たとして。出てこれねぇんなら、それだけの奴だってことだ。……てめぇへの想いも、な。」
ドアノブへ、手をかけて。振り返らないままに、XANXUSは部屋を出て行った。部屋に取り残されたジョットは、暫くその状態のまま、動けないでいた。胸元をぎゅぅと握り締めて、ゆっくりと息を吐き出す。表情は未だ、寂しげで、瞳は涙を浮かべたように、揺れている。テーブルに置かれた二人分のカップに、ジョットは視線を向けて、そしてきつく眉を寄せた。
「…居る、はずなんだけどな。」
「やっぱり、…怒っているのだろうか…。」
「ダンテ、」
「どうしたら、良い? 『俺』、は…どうしたら、お前に、会える…?」
――――――怒った顔が、本当に似ていたから。
だから、余計。
お前に、会いたくなってしまった。