名前を呼ぶ声



昔話と真実








・・・ほんの少し、なのだけれど。・・・けれど、確かに。お前の気配を、感じるんだ。

もしかして、お前は「そこ」に居るのか?私に、気付いているのか?

・・・だとしたら、何故・・・お前は、出てこないのだろう。















ジョットが、現世へと姿を現してから、一月が過ぎようとしていた。余り人目に触れるのは良くないという理由で、ジョットはXANXUSの部屋で日々を過ごしていた。時折、ヴァリアーの面子がやってきて、この間のようにショッピングへ行ったり、食事へ行ったりはするが、それ以外はほぼ一日中、XANXUSの部屋で本を読んだり昼寝をしたりと、随分と平和な日々を過ごしていた。XANXUSは基本的に物事に無関心ではあるが、ことジョットのこととなると、珍しく良く口を出してきた。スクアーロ曰く、「珍しすぎて雪が降るぜぇ」。
ジョットも、傍から見れば「懐いている」と言える程には、XANXUSに馴染んでいる。会話も、当初に比べたら大分多くなった。



「ほう・・・これはジャッポーネのか。どうしたんだ?」

「沢田綱吉から、ジジイ宛に送られてきたんだとよ。」

「デーチモからか。ふむ・・・皆でどうぞ、か・・・デーチモらしいが、スクアーロはさぞかしがっかりしただろうな。」

「は、興味ねぇな。」


綱吉から送られてきたものは、日本製の様々なお菓子であった。その中から包み紙のひとつを取り出し、ジョットはにこりと、XANXUSに笑いかける。


「紅茶を煎れようか。お前も飲むだろう?」

「勝手にしろ。」

「そうする。砂糖は無し、な。」


本当は緑茶があれば最高なのだが、と呟きながら、ジョットはケトルを持ち出しコンロに火をつける。最初こそ、現代の電気機器に戸惑ってばかりではあったが、今は自分で動かせる程度には慣れ、こうして紅茶を煎れたりもする。XANXUSは、ジョットのそんな姿を、ただ眺めていた。後姿に、横顔に、胸のざわつきは日々強くなっているような気がして。
それをジョットに気取られまいと、必死で息を詰める。・・・そんなことをしても、無駄なのかもしれないが。ジョットには「超直感」がある。―――だから、こそ。余計に、この感情を、押し込めてしまいたかった。・・・彼が、気付いて。己も、感情を露にしてしまったら。「何か」が起こる。「今」が変わってしまう、大きな何か、が。

XANXUSは、口にこそ出さないが、今の状況が悪くないものだと考えていた。今まで周りに居た者とは、明らかに違う雰囲気を持つ彼が、傍に居ること。幼い頃に焦がれた彼が、今目の前に居ること。
本来ならば在り得ない状況が、XANXUSにとっては居心地の良いものとなった。そう、それは―――「今を、壊したくはない」と、思う程に。ジョットと過ごしていると、退屈しなかった。現代のものに興味を示したり、過去のことについて語ったりする彼は、年齢よりも、幼く見えて。歴代最強のボス、などと謳われていたが、そんな風に、より人間らしい所もあり。そのギャップがまた、何処か憎めずにXANXUSは、ジョットに「惹かれ」て行った。胸の疼きは、その頃より激しさを増したように思え。だけれど、ジョットを傍に置いておくことを止めることが出来ずに、今に至る。



「デーチモからの贈り物なのだから、ゆっくり食べるんだぞ。」


紅茶を並べて、ジョットはXANXUSの隣に腰を落ち着けた。最近では、すっかり定位置となっている。XANXUSはちらりと視線を向け、ジョットがカップを取るより先に、その膝の上に頭を置いて横たわった。


「あ、こら。折角煎れたのだから、冷めないうちに」

「うるせぇ、俺は眠い。」

「・・・・全く。お前は何時まで経っても子供なんだから。」


XANXUSの行動に、ジョットは驚いた様子も無く。それと言うのも、XANXUSがこうしてジョットを「膝枕」にするのは、これが初めてではなかった。ジョットが現世に現れて、間もなく。様々な事が重なり流石に疲れた様子のXANXUSを見たジョットが、冗談で「膝を貸してやろうか」と言ったところ、思いがけずXANXUSがそれにノってきたのだ。
それ以来、時折XANXUSはこうして、ジョットの膝を枕にして転寝をする。ジョットはそうすると決まって、ゆっくりと彼の髪を撫でるのだった。暫くそうして、ジョットが静かに口を開く。


「・・・今日は・・・少し、昔話をしてやろうか。」

「・・・・・・」

「昔。・・・ある男は、恋をしていた。それはもう、長い長い時間、ずっと。想い人は、いつも傍に居た。・・・誰よりも、近くに、居てくれた。男が疲れた時、悲しい出来事があった時・・・想い人は、ずっと男の頭を撫でて、言葉も漏らさず、その腕に男を抱きしめてくれたんだ。

 その時、男は気付いた。・・・想い人もまた、自分を想ってくれている、と。男は歓喜して―――・・・それと同時に、酷く悲しくなった。・・・その男、は。―――『恋』を許されない、立場だったから。確かに、通じ合っていたはずなのに、男は想いを告げることが叶わず。想い人が幾度も、その瞳で、その心で愛情を示してくれても、応えることすら、出来なくて―――。・・・結局、男は。最後まで、何も告げずに、想い人の傍から、『逃げた』。」


ジョットの口から紡がれる、言葉に。XANXUSの眉間がきつく寄せられた。ジョットもそれに気付いて、指先でそっと額を撫でてやる。穏やかな、手つきで。・・・懐かしむような、表情で。XANXUSは、思わずその手を取った。手首をきつく掴み、睨みつける。


「・・・それを、俺に聞かせて、どうする。」


低い、声。怒りの籠ったそれにも、ジョットは表情を変えなかった。


「どうする、と、言われても、ね・・・。」


掴まれた手はそのままにXANXUSと視線を合わせる。すると、今度は微かに瞳を揺らして、空いた手で自分を拘束するXANXUSの手に触れた。それから、寂しげに眉を寄せて。




「・・・そこに、居るはずなんだ。XANXUS。」

「感じるんだ、私には・・・だけど、何故・・・出てこないのだろう?」

「怒って、いるのだとは思う。・・・それでも、構わない。」

「責められても、構わない・・・」











「XANXUS、私は・・・―――ダンテに、会いたい・・・!!」











・・・・ダンテ。

刹那、過去に見た夢の記憶が蘇る。ジョットが、誰かに向かって手を差し出す。穏やかな、笑顔を浮かべて。そして。




名前を、呼ぶ。










「ダンテ。」













XANXUSは、初めて。ジョットのその声に、いくつもの感情が込められていることを、知った。









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