後悔はひとつ



出会い、接触







「何故てめぇがここに居る。大昔に死んだはずだ。」


XANXUSは、思わず震えそうになる声を寸でのところで引き締め、穏やかに笑みを浮かべてそこにいる男に、声をかけた。

「金色」の男――――ボンゴレの初代ボスであり、創始者である、ジョットは。普通の人間なら怖がってしまうような強面の大男を前にしても尚、にこにこと笑顔を浮かべている。そして、問いかけには一度大きく瞬きをして。宙を見上げ一瞬考え込む素振りを見せると、またすぐに穏やかに笑った。


「私にも良くわからない。ただ、『私』は、ずっとここには居たのだけど。・・・実体を持ってこの場所に立つのは、随分久しぶりだ。」


懐かしむように、瞳を細め。ジョットはゆっくりと、部屋の中を歩き始めた。確かな、足音。幽霊や幻覚の類とは思えないが、理解し難い。XANXUSは眉間に皴を刻み込み、辺りを見渡しながら歩く金色の姿を視線で追った。・・・刹那、視線が絡み合い。XANXUSは一瞬たじろぎ、ジョットは微かに瞳を見開いた。だけれど、それは一瞬だけで、ジョットはすぐに表情を笑顔へと戻した。それから、XANXUSの元へと静かに、歩み寄り。己よりも随分と高い位置にある男の顔を見上げて、手を伸ばした。


「・・・あぁ、駄目だぞ、―――XANXUS。そんなふうに、怖い顔をしていては。」
『・・・あぁ、駄目だぞ、――――――。そんなふうに、怖い顔をしていては。」


ジョットの手が、XANXUSの頬に触れたその時。ジョットの声が、二重に聞こえた。
痛み出した胸の奥に、思わず手を振り払うと、XANXUSは思わずハッと顔を上げ、その手元を見る。そこから、ゆっくりと視線を動かし、表情を窺い見た。・・・ジョットの表情は、何ら変わっていない。未だ笑みを携えながら、払われた手をひらひらと振っているだけだった。その表情に、少しの安堵を覚えつつ。XANXUSは緩く首を振り、金色を見下ろして、煌く瞳を見据え。心に若干疼きを感じるのも、気付かないこととして、口を開いた。


「ずっと、ここに居た、だと? てめぇは日本に渡っていたはずだろうが。死に場所もここじゃねぇはずだ。それなのにてめぇは、ここに居たってのか?・・・地位か、権力に、未練でもあったのか。」


皮肉を込めて、ジョットを見る。それでも、彼の表情は揺るがない。その作られた表情に苛立ちを覚え、小さく舌打ちをすると、ジョットはくつりと笑って再び歩き始める。歴代のボスの肖像画を眺め、そして不意に足を止め。XANXUSを振り返ると、今度は困ったような笑顔になった。


「未練なら、いくらでもある。私は、逃げたのだから―――全てを捨てて、ね。後悔ばかり、しているよ。」


逃げた、という言葉に、XANXUSの眉がぴくりと動く。―――二世を恐れて逃げた、というのは、嘘では無かった――――。喉元まで込み上げる不愉快な感情に、拳を強く握り、ただ眉間の皴を増やす。その表情に、ジョットは。益々、困った様子で、笑い。


「――――良く、似ている。本当に。」


穏やかに紡がれた声には、ただ単に懐かしむ感情だけでは無く、別の感情があることに気付く。だけれど、その感情が何なのか、XANXUSには解らなかった。
・・・胸の痛みだけが、少しずつ酷くなって行く。ずくずくと、中心から侵食されていくような、感覚。ジョットは静かに視線を逸らし、その行く先を肖像画へと移した。自身が飾られていたであろう場所の、隣。今己が対峙している男に良く似た、強面の肖像画。


「お前に、ひとつだけ教えてやる。」


その言葉は、誰に向けられているのか解らなかった。ジョットの視線は、XANXUSに向けられていない。だけれど今、この部屋の中には、二人しか存在しない。広い部屋に、ジョットの声だけが響く。







「―――私は、力に怯えて逃げたのではない。」





「・・・悔やむのは、地位でも、権力でも、ない。」






「私の未練は、―――ただ、ひとつだけだ。」






ジョットはそれだけ紡ぐと、踵を返し、再びXANXUSへと向き直った。困惑した笑顔は、もうそこには無い。穏やかな、だけれど決して心を悟らせない表情に戻っている。それから彼は、軽く首を傾け、わざとらしく肩を竦めて見せた。


「どういう訳だかわからないが、私は現世に実体として現れてしまったようだ。こうなってしまったからには、面倒なことを考えていても仕方ないな。暫く、世話になるとしよう。」


当然のような口調に、XANXUSは思わず面食らった。返事も聞かずに金色は、さっさと部屋を出ていこうとしている。漸く動くようになった足でずかずかとジョットに近寄り、強く肩を掴んで引き止める。

「てめぇ、何勝手なこと言ってやがる、そんなこと、この俺が――――・・・」

許すと思っているのか、という言葉が紡がれることは、無かった。ジョットは変わらず笑顔を浮かべていたが、何故か纏う雰囲気に凄みを感じる。それはXANXUSが、思わず言葉を詰まらせてしまう程。・・・それほどに。ジョットは、それはそれは「麗しい」笑顔を浮かべて、XANXUSを見つめていた。



「私の名前は、ジョットだが。――それでお前は、誰に口を聞いているのかな?」



―――彼の紡いだ声は、全く笑ってはいなかった。表情は、誰もが見惚れてしまうであろう、笑顔なのに。XANXUSの口元が引き攣る。その表情に、ジョットは今度こそ、正真正銘の「笑顔」を浮かべて。



「まだまだ子供だな。・・・XANXUS?」



楽しげに、からかうように。―――少しだけ寂しげに、呟いて。
再び何も言えなくなってしまったXANXUSを気に留めることなく、部屋を出ていった。






数秒後、我に返ったXANXUSが、慌てて彼を追いかけていったのは、――――最早、言うまでも、なく。







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