少年の見た空



プロローグ









少年は、いつもその場所を訪れた。「父」に屋敷へと引き取られてから、すぐに。

少年が初めて「それ」を見たのは、屋敷に来て間もなく。「父」に手を引かれ、何事か説明を受けながらそれを、見た。幼かった少年に「父」の言葉はほとんど理解することが出来ず、ただ「それ」が、「大空」であることだけを、知った。

謁見の間に飾られた、肖像画。「大空」は、その中の誰よりも美しく、気高く描かれているように、見えて。


初代―――Giotto.


刻まれた名前を口にすると、胸の奥が酷く締め付けられる。肖像画を眺めているだけで、鼓動が煩く鳴るのを感じた。

綺麗な瞳をしていた。厳しさの中にも、穏やかな表情が見えた。「ボンゴレの創始者」―――きっと肖像画のあの人は、とても凄い人なのだろう―――そう、思って。

少年は毎日、毎日。その肖像画を眺めに、謁見の間に訪れた。特に、大人に叱られたような日は、その肖像画が慰めてくれているような気がして、少年は一日中、その肖像画の前に座って、その綺麗な瞳をずっと、ずっと眺めていた。

うっとりと。時間が過ぎるのも忘れて、ただ、ずっと。

―――――幼い、少年は。その感情が何であるかを悟るには、余りにも未熟で。夢にまで見てしまうことに、何の疑問も感じずに。その未熟さは、少年から青年へと変わっても、特に劇的な変化は見せず。「全て」を知ってしまってから、暫く。それでも彼は、己が「大空」に抱く感情に気付くことは、一度としてなかった。
そして、何時しか彼は、「絶対的な存在」と思っていた「大空」が、力に
屈して逃げて行ったという話を、聞いてしまった。

裏切られたような感覚を覚え、彼はそれから、謁見の間に行くことを止めた。

・・・だけれど。
大人になった彼の心から、「大空」の姿が消えることは、無かった。少年の頃より見ていた夢は、より鮮明になって行った。一度も出会ったことのないはずの存在が、彼の中ではまるで生きているかのように、動いている。重たげに見えるマントを翻し、拳を奮う姿。
誰かに向かって微笑みを浮かべ、手を伸ばす姿。



『   』



聞いたことのないはずの、声が。彼の耳には音となって、響いてくる。「大空」は、誰かを呼んでいた。・・・嬉しそうに、愛しげに。そこでいつも、酷い胸の締め付けを感じて、彼は目を覚ましてしまう。起きたときにはいつも、シャツが濡れる程の汗をかいてしまっていた。

・・・まるで、自分を呼んでいるように見えて。その手が向かう先が自分であるように、思えて。

会ったこともない人間が、自分を呼ぶはずがない―――彼はずっとそう思って、自嘲めいた笑みを口元に浮かべるしかなかった。






――――転機は突然、訪れる。






リングを廻る騒動が終わり。ボンゴレ内にて「謹慎」を言い渡されていた彼は、突然思い立って謁見の間へと足を踏み入れた。足を踏み入れた瞬間、いつもと違う雰囲気を感じて、彼は思わず足を止める。瞳を細め視線を廻らせると、そこに――――。

金色の髪は、扉が開いたことにより小さく揺れた。黒いマントもそれに合わせ揺れ、顔がゆっくりと彼を振り向く。彼は、そこから動けなかった。誰だ、と声を出すことも、何も。ただ目の前にいる姿を、じっと見ている他、無かった。


振り向いたその姿は、肖像画のものよりもずっと、美しく。向けられた瞳は輝き、優しげに細められている。

夢に見た姿と、変わらない。夢ならばこの後、この「金色」は、静かに唇を動かし、「誰か」を、呼ぶはずだった。・・・けれど。「金色」は穏やかに笑みを携えて首を緩く傾け、立ち尽くす彼の元へと一歩、歩みより。夢に聞いた声と変わらぬ音で、名前ではない、言葉を紡いだ。




「Piacere.XANXUS? ・・・私が誰だか、解っているか?」




「金色」は。今、間違いなく、彼の名前を呼んだ。知るはずの無い、名前を。彼はすぐに応えることが出来ず、ただ息を飲んでその姿を見る。胸が詰まる想いだった。幾許かの間を置いて、彼は漸く、唇を動かす。






「・・・初代、ボンゴレ・・・ジョット・・・」





自分が紡いだ名前に、また胸が詰まるのを感じ。思わず息を止める。
目の前の「金色」は、満足そうに「Una risposta corretta!」と、応えた。








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