エピローグ。(霧)



エピローグ







雨が、降り出した。
彼が、逝ってしまったのだろう。


「彼ら」を探している最中、火薬の匂いがする男を見つけた。
丁度反対側から現れた雲が、何も言わずに男の顔面に武器を叩き込む。
雲の瞳は冷め切っていた。普段から感情を見せない男だが、今は更に表情を凍てつかせているように見える。―――それはきっと、僕も同じように。
地に沈んだ男を蹴飛ばしながら、雲は視線を動かす。
その先に、赤い血溜まりに倒れた2人の姿があった。


1人は、この世で最も愛しい人。
もう1人は、この世で最も憎い男。


憎い男は短く浅い呼吸を繰り返しながら、「彼」の身体をしっかりと抱きしめている。・・・二度と離さないつもりだろう。

「…殺す手間が省けましたよ。お前のような愚かな男はこれまで見たことがない。何度この手で殺してやろうかと思ったか。」

ひゅ、と息を吸う音が聞こえた。男は血に塗れた手でジョットを掻き抱き、僕を強く睨み付け、微かに口端を上げたようだった。

「彼がこうなってしまうことを、考えなかったのですか? …お前さえ来なければ、彼がこうなることは無かった…」

クッ、と、笑う声。男は苦しげに息を吐き、しかしその顔は笑っていた。
…何て、憎らしい。勝ち誇ってでもいるのか?
誰もが焦がれた大空をその手にして、優越感でも持ったのか。



「…わ、せ、だと……しあわ、せ、だと…笑った……」



「俺、を、呼んで……名前、…呼ん、で……笑った、…」



憎らしい、憎らしい。ずっと傍に居た僕が、どれだけ望んでも得られなかったというのに。お前は簡単に、それを得る。
それが当然であるかのように。お前は意図も簡単に、彼の、ジョットの心を開かせてしまう。

ずっと、憎かった。殺してやりたかった。
だけれど、それをしなかったのは…他でもない、彼が。
僕のただひとりの大空が、この男をずっと求めていたから。
…随分甘い思考だと、我ながら思う。
けれど僕はそれほどに、彼が愛しかった。彼の幸せを、願っていた。
男の腕に抱かれたままの彼の表情は、穏やかに見えた。
血と、降り注ぐ雨に塗れながらも。彼は、ずっと綺麗なままだった。


やっと、その場所に辿り付けたのだろう。
大空がただひとり、愛した男の傍に。
「幸せ」を、手にしたのだ。ずっとずっと、伸ばせずに居た手を、今。
ようやく、伸ばすことが叶ったのだ。


・・・貴方は、どれほどの幸せを感じたのでしょう。
たったの一瞬だけでも、少なくとも今の僕よりは、ずっと幸せだったに違いない。憎らしい。だけど、愛しい。―――僕の、大空。



「…輪廻転生を、ご存知ですか?」


「魂は、何度も廻るのですよ。…何度も、何度も。」


彼の魂も、僕の魂も。全ての人間は、生命を繰り返す。
同じ魂を宿して、何度も生まれ変わる。





「…いつか。彼の魂と再び出会えることが出来たら、そのときは」





「彼の幸せを、僕のものに」





「二度とお前に、大空を与えるものか」







男は僕を睨んだまま、それはもう憎らしい笑みを浮かべて。
一度瞳に光を宿らせると、ジョットごとその身を赤い炎で包み込んだ。
雲は黙っていた。黙っていたが、その拳は血が滲む程に握られている。
雲のことは嫌いだったが、きっと今、彼と僕は同じ気持ちなのだろう。

少しずつ、2人の身体が消えて行く。降りしきる雨では、その赤い炎を消すことは出来ない。あとはただ、終焉を待つのみ。





貴方は知っていたのでしょう、このときを。
彼と出会うことが、終わりの日であると。貴方は、知っていたのでしょう。
―――自らの終わりを知っても、尚。
貴方は、この男の傍へ歩み寄らずには居られなかった。
僕が貴方を想う気持ちと同じくらい、貴方は。
この男を、僕が一番憎んだ男を、愛していたのでしょう。









―――ジョット。僕は貴方を愛しています。


貴方に出会ったそのときから、ずっと貴方は僕のただ一つの大空だ。


これからもずっと。僕は貴方以外、何もいらない。


―――もう誰にも、渡しはしない。










ジョット――――僕の、愛しい大空。ただひとつの、光。









また、会いましょう。













どこへだって、会いに行きます。
















――――輪廻の果てより、





















高く、高く、――――大空へ。









END





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