夜番の隊士たちも屯所へ帰り、皆が寝静まる時刻。屯所の廊下を足音をたてないよう細心の注意を払い進んでいく。
女中が休む建屋から離れ、向かう先は隊士たちが稽古で使用する中庭。

私はひょんなことから、真夜中にそこで行われていることを知っていた。



「そろそろ終わりにしたらいかがですか?お夜食持ってきましたよ、伊東先生」

「…また君か」

私が来たことに気付いていたであろうが素振りをやめる様子のなかった伊東先生に声をかけると、少しばかりうんざりしたような声が帰ってくる。

真選組の副長と並ぶ頭脳の参謀、伊東鴨太郎先生。(近藤局長が先生先生と呼ぶのが移ったのでそう呼ぶことにした)
普段は屯所にいないことが多く、居ても部屋にこもっていることの多い伊東先生は私たち女中と関わることなんて皆無で、きっとこんなことがなければ話すことすらしない人だったかもしれない。

「また、ですね。でもそれは伊東先生もじゃないですか。こんな時間に稽古って、始めはお化けかと思ってよっぽど副長に泣きつきに行こうかと思いましたよ」

お盆に載せたおにぎりとお茶を縁側におきその隣に座りこんだ私に、この場を動く気がないのを悟ったのか、伊東先生は軽く汗をふくとお盆を挟んで反対側に腰かけた。

屯所に滅多にいない先生だが、こうして屯所にいるときに誰にも知られないようにこっそりと稽古をしていることを数日前に知ってから、こうして毎晩差し入れを届けることにしていた。
只でさえ屯所では引き籠っているのに食堂でご飯をとることはなく、一体どういう食生活をしているのか皆目見当のつかなかったのも理由の一つだ。
きちっとそういうことは管理できる人であることは重々承知はしているが、女中である以上気にかけないわけにはいかない。

そんな訳でおにぎりとお茶を毎晩持っていくことにしたのは良いが、それまで全く関わりがなかった伊東先生と私。
会話は「誰だ君は」から始まり、名前を覚えてもらい、ようやく最近は会話のキャッチボールが出来るまでに進展した。
(始めのころは一言で終了だった。稽古を目撃されたのがよほど嫌だったらしい)

会話といっても大体は私が今日一日あったことを話して、それに伊東先生が相槌をうってくれる、という感じだった。
先生は政治の話に詳しいらしいが私はさっぱりなので早々にそのことを話題にすることはなくなった。



***



「…それで土方副長を起こそうと思ったのに山崎さんと一緒にもう仕事してらしたんですよ!」

副長ともあろう方がそんな醜態さらさないかもしれませんが、寝顔を拝めるチャンスだったのに!

こぶしを握り今日のがっかりエピソードを話すと、伊東先生は苦笑しながらも話を聞いてくれているようだった。



副長といえば…と話題を変えようとすると、普段はあまり自身から話すことのない伊東先生が唐突に「聞きたいことがあるんだが」と口にした。


「何でしょう?珍しいですね、先生から尋ねてくるの」

でもちょっと嬉しいです、と笑顔を向ける。


しかし伊東先生こちらを向かず手にしたお茶をかたりとお盆に戻し、目は正面を向いたまま質問を口にした。



「君は、土方くんを慕っているのか?」



「ぶほっ…ごほっ」



伊東先生からの不意打ちに、飲んでいたお茶が気管に入り思わずむせてしまう。

「…お茶はゆっくりのみなさい」

「げほっ…あ、すみません」


私の背中をさすりながら注意するのはいいのですが、この事態は先生のせいです。



「もちろん慕ってはいます。だってここで働くきっかけを下さったのは、土方副長ですから」


しばらくして落ち着いた後、変な質問だなとは思いながらも折角伊東先生が興味を持って聞いてくれたのだからと答えることにした。

自分から質問してきたのに、その答えを聞いた伊東先生は「そうか」というだけで、相変わらず視線は前を向いたままだった。



「でも」



その様子に先生は不思議な人だな―と思いながらも、構わず言葉を続ける。



「近藤局長も、沖田隊長をはじめとした隊長さんも、山崎さんのような監察や隊士の方たちのことも、私は同じくらい好きです」


皆さんがいる真選組が、私の大好きなものなんです。


「もちろん、伊東先生も」




私の言葉は、隣に座ったその人に届いただろうか。




私の答えに先生は又もや「そうか」としか答えてくれず(折角答えたのに!)、これ以上は話を続ける気もなさそうだったので、仕方がなく私は「さ、冷めないうちにどうぞ」とおにぎりを勧めるのだった。



「…もう一つ聞いていいか」

明日の非番は何をしようかなと考えていると、一口おにぎりをほおばった先生が再び口を開いた。

よかった会話はしてくれる気あるんだ。



「はい、もちろんです!」


先程とは打って変わり、おにぎり片手にこちらに顔を向る先生。

あれ、心なしか目が赤い気が…





「…君はこのおにぎりに一体何を入れたんだ?」




「何って…



塩辛です




ほら、汗かいた時は塩分とれって言うじゃないですか。

私も好きなので大盛りにしておきましたから!




「…そうか。気持ちはありがたいが私は白米が多い方が好きなので明日以降はそうしてくれ…」

「?…はいっ!」


それは明日以降もこうしていいということなのだろうか。


私はこの時先生の言葉に浮かれ、彼の目から水が流れ出ていることも「泣くほど塩辛がおいしかったのか!」としか思わず、明日も塩辛のおにぎりにしようと心に決めたのだった。
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