真選組の皆さんは、昼食を出先で食べることが多い。 そのため女中は昼食は作らなくてよいのだ。 (非番の人には申し訳ないがそれも各自でよろしく、ということになっている) その分の時間は手分けをして掃除、洗濯、そして隊士の方が一日の中で最も楽しみにしている、夕餉の食材の買い出しにあてられる。 「さて…買い出しにきたはいいけど、今日は量がちょっとなぁ…」 普段は買い出しといってもそんなに量はない。 普通に考えて隊士何十人分の食料を毎度毎度買い出しに行けるわけがないし、なにより効率が悪いこと山の如しだ。 そのため大抵は食材を納品してもらい、食堂奥の大型冷蔵庫、冷凍庫で保管している。 買い出しに行くのは、納品に間に合わなかった部分や、当日限りの大特価コーナー品なんかで安売りされる分。 また業者が卸してくれないマイナーな食材の分だ。 今日は土方副長の好きなメーカーのマヨネーズが超がつく大特価で販売されており、思わず買い込んでしまった。 (大体賞味期限間近なものだが副長はあっという間に消費してしまうのでそんなことは関係ない) 「お、すげー荷物だな」 両手両肩にかけた荷物を持ち直し、いざ屯所へと力を入れなおしたところに声をかけられる。 「…万事屋さん」 「おいおい、随分と他人行儀じゃねーか。この間一緒にパフェ食った仲だろー」 「…だってあの後何故か土方副長に怒られたんですもん…」 「そんなの無視だ無視」 「またヤローどもの買い出しアルカ?こんな荷物持たされてかわいそうネ!私、少し持つアル!」 「僕も持ちますよ。屯所までですよね」 歌舞伎町の万事屋さんこと銀さんと神楽ちゃんと新八くん。 3人は私に声をかけたかと思うと、あれよあれよという間に私から荷物を奪い去り隣に並んで歩きだした。 もちろん私の意向は無視である。 けれども正直タクシーでも捕まえようかと思っていたところ。(屯所まではワンメーターもないが) 折角なので好意に甘えることにする。 「3人ともお仕事は?」 「今、ちょうど終わって帰り道だったんです」 「銀ちゃんに酢昆布買ってもらおうと思ってたところアル!」 「そうなんだー」 神楽ちゃん、酢昆布よりもっといいもの買ってもらえばいいのに…なんて謙虚な子… 「それにしてもこのマヨネーズの量…うっ、見てるだけで吐き気がしてきた…」 「ちょっと銀さんやめてくださいよ。これ副長の主食なんですから」 「だから尚更なんだよ。おまえもよくこんなの毎度毎度買いに行くよなー」 これが仕事なんだから仕方がない。 それに愛しい副長のためなら例え重たい思いをしても!(しかし今の私は手ぶらである) 「今日の献立は何なんですか?」 「うーんと、AセットがカツカレーでBセットが和風ハンバーグ、どっちもサラダにスープ、デザート付だよ」 「イイナー、私も肉食べたいヨ」 「羨ましいですねー。僕たち久しく食べてないですよね、お肉」 新八くんと神楽ちゃんのじとっとした視線が銀さんにそそがれるが、銀さんは明後日の方向を向いている。 二人とも、育ち盛りなのにいいもの食べさせてもらえないのか…どれだけ困窮してるんだろう、万事屋。 銀さんの懐事情を考えているうちに物悲しくなってきた私は、隣を歩く神楽ちゃんの頭を撫でながらふと思いついた提案を口にしてみる。 「今度の非番の時に、ごはんつくりに行きましょうか?」 食材はこっそり懐に入れて持ってきます、とウインクをして見せれば、途端に神楽ちゃんと新八くんの表情が明るくなった。 そして明後日の方向を向いた銀さんがちょっぴり反応したのも見逃さない。 「私すき焼き!すき焼きがイイアル!!」 「僕はハンバーグ食べたいなぁ。あの、その時は姉上もご一緒していいですか?」 輝かしい笑顔で食べたい物の名前を次々と上げていく二人に何とも微笑ましい気分になる。 やっぱり子どもはこうでなくっちゃ! 「…で、銀さんは何かリクエストありますか?」 全然こちらを向かないが、銀さんだっておいしいものを食べたがっているのは明らかだ。 隣に並び顔を覗き込むと、私の頭の上に手をのせそのままわしゃわしゃと撫でまわした。 「あー…俺はお前が作ってくれるものなら何でもいいから」 それで十分。 その言葉に、さっきまでの微笑みはにやにやに変わってしまう。 「えへへ」 「なんだよ」 「銀さんにはすき焼きに入ってる白滝大盛りにしてあげますね」 「なんで白滝!?」 屯所では決まったものしか作れないし、毎日のことだからどうしても当たり前のことになってしまう。 けれど、銀さんや神楽ちゃんや新八くんのように、自分が作る料理を楽しみにしてくれる人がいることは、本当に幸せなことだと思う。 (あ、屯所でもちゃんとお礼言ってくれる人もいますよ!) 思いがけず幸せな気分になったし、今日が買い出し当番でよかった! *** そのまま4人で談笑しながら歩いていると、20mほど先の電信柱の足元に非常に馴染みのある姿がしゃがみこんでいるのが視界に入った。 「………近藤局長?」 隊服を着ていないところを見ると今日は非番であったのだろうか。 何をしているのだろうかと目を凝らすと、袴姿の大の大人が地面にのの字を書いている。 これは絶対に近づいてはいけないフラグである。面倒なことに巻き込まれる可能性100%。 隣に並ぶ銀さんも同じように気付いているが(そして同様に回避ルートを模索しているとみた)、幸いなことに未だ神楽ちゃんと新八くんは気づいていない。 「そ、そうだ、3人ともここまで手伝ってくれたし…よかったら一緒にお茶でもどうかな?あんまり高いのは奢れないけど…ね?」 「よ、よし、そうしよう。ほら新八、神楽、左に曲がれ左に」 「でもこの間マヨラーに怒られたアルヨネ?」 「大丈夫大丈夫、副長はマヨネーズがあれば万事問題ないから。むしろ今は進行方向が問題っていうか!」 「でも渚さん、もうすぐ屯所なのに良いんですか?ほら、夕飯の支度とか…」 「おい新八、お前は一緒にお茶したくないのか!?折角誘ってくれてんのによ」 「新八くん、いいのいいの。私今は皆ともう少し一緒にいたい気分っていうか、今このまま進んでも絶対に夕飯の支度できないっていうか、ね!」 私と銀さんは二人の前に回り込み、そのまま強制的に方向転換を行った。 神楽ちゃんも新八くんも訝しがってはいたが、お店に入るや否や何を頼もうかということにすっかり気を取られ、そんなことは気にならなくなったようだ。 私自身も仕事中とはいえ久しぶりの甘味処にすっかりテンションが上がり、先程の光景は綺麗さっぱり思考の外へと消えてしまったのだった。 「何かさっき見た気がするけど…ま、いっか!」 *** 同時刻、屯所近くの電信柱にて。 「…え、出番これだけ?」 ←back |