昨晩は間違いなく井草の香りがする和室の布団の上で就寝したはずなのに、朝目が覚めたら石畳の道路に寝転がっていた。

唐突なことに夢か現かも定まらないうちに、たまたま通りかかった親切なご老人(夫婦)が行き倒れたものだと身を案じて家まで案内してくれた。

身体が温まるスープをいただきながら、「何処からきたのかい?」「武装警察真選組です」「しんせんぐみ?どういう所かい?」「街の治安を維持するのが役割なんですけど…」「おやまぁ、もしかして憲兵団の方かい?こんなに華奢な身体なのに、ちゃんと仕事できるか心配だねぇ」「(けんぺいだん?)いえ、私はそこに務める女中なので戦ったりはしませんよ」「それならいいけど…こんな年頃の女性をあそこで働かせるのも酷なもんだねぇ」「そうなんですよー。毎日ほぼ野郎だらけ中で過ごすと、自分が女子だってっこと忘れそうになります。まぁ女中なんですけどね」「大変ねえ」「わかってくださいますか!?野郎ばっかりだし、世話してくれる人がいるからって、ちょっと怠けすぎる所があると思うんですよ、ここだけの話」「街ではきびきび働いてるようにみえるけど、戻るとそうなのかい?」「そうですよー!あ、もちろん真面目な方もそれなりにいらっしゃいますよ。例えばー…」

そんなこんなで話が盛り上がり、寝間着姿の服にわざわざ代えの服(しかも洋服!娘さんが着なくなったものなのでそのまま着て帰りなさいと渡されてしまった)までいただいた上、朝ごはんだけでなく昼ご飯まで頂戴し、挙句の果てに優雅なティータイムまで過ごす時間となってしまった。
ちなみに本日私は貴重な休暇なので、屯所にいなかったところで咎める人は誰もいないが、そろそろ沖田隊長辺りに厄介ごとを押し付けられるため探されそうな時間である。

「あの、そろそろお暇しようと思うのですが…こんなに長居してしまって申し訳ありません。お洋服やごはんまでいただいて」

「おやもう帰るのかい?じゃあ送ろうかねぇ」

どうやら話によるとこの近くに屯所はあるらしい。
しかしおじいさんとおばあさんに連れられ歩く街並みは、全くもって記憶にない。
近くにこんな造りの家あったかなぁと疑問に思いつつ、今朝道で転がっていたのはきっと夜中に沖田隊長が仕掛けた盛大なドッキリあるいは嫌がらせの一環だろうとポジティブに考えることにした。
とりあえず帰ったら、沖田隊長の夕飯に土方副長特製トッピング(=マヨネーズ大盛)してやろうっと。


「じゃあ、私たちはここでね。また何かあったらうちにおいでよ」

「はい、本当にありがとうございました」


この先右手に折れたらすぐだからねと老夫婦に手を振った私は、短い時間にも関わらず屯所が恋しくなっていたことに気づき、無意識に小走りに道をかけていた。

「もうっ、こんな歳になってもホームシックとか…!みなさーん!皆さんの優しい屯所のお姉さん(自称)がただいま帰りました、よぉぉおおお!!??」


あれ、屯所っていつの間に改装したんだっけ?


目の前に広がるのは懐かしき木造りの門、ではなく、鉄でできた格子の門。
そして聳え立つは瓦屋根が並ぶ平屋造り、ではなく、レンガ造りの豪勢な建築物。

可笑しいな、これも沖田隊長のドッキリ(延長戦)なのだろうか。


「ん?なんだお前?」

門の目の前でしばし呆然と佇んでいると、門の付近に立っていた男性二人がこちらへ歩み寄ってきた。
姿恰好は全く持って真撰組のものとは一致しない服装に、これで顔だけでも知り合いならばドッキリの確立がぐんと高まるのに、生憎二人とも見覚えがないどころか普段あまり見慣れない金髪青目の姿だった。少なくとも真撰組に金髪はいない、はず。

「ええと、ここで女中の者(のはず)なのですが…」

「女中…?おい、そんなのいたって知ってたか?」

「いや、俺は知らないが…誰か上の方のお抱えかなんかじゃないか?」

何やら二人で数言話し合っていたかと思うと、どうやらとりあえず中には入れてくれることになったらしく、片方の男性の先導のもと、敷地の中へと足を踏み入れることとなった。

一晩で建物が変わるとか、一体どんな技術を使ったのか。
辺りを見渡し少しでも見覚えがあるものを探そうとするも、欠片も記憶を掠めるものなどない。
天人の技術を使えばこういったことも容易だったりするのだろうか。

「(それにしても、)」

目の前を歩く背中を見つめながら小さく呟く。

この紋章は一体何のマークだろう?

男性の背中には、馬の額に一本の角が生えた絵の紋章が。
それは例えば扉の中央だったり、廊下のランプのだったりと、少し目を配れば至る所に散らばっていた。
この組織を示すものであることは間違いないが、江戸に住んで約1年、かつてこのような紋章を見たことがあっただろうか。
さっきの門での様子といい、今から連れていかれそうな場所といい、どう考えてもここは第二の我が家、真撰組屯所ではなさそうだ。
何かとうちと争う見回り組でもなさそうだし…けれども何かの組織であることは間違いない。

…あれ、これここの人間じゃないってばれたらまずくない?

足を進めるごとに増す不安に次第に自分の足取りが重くなるのがわかる。
あ、あれだよね、ドアを開けたら沖田隊長が「ドッキリ大成功!」とかプラカード持ってるよね?これは願望だけど土方副長がタバコ吸いながら「遅かったな」とかいって出迎えてくれるよね?

「師団長、少々よろしいでしょうか」

その扉の向こうには、百歩譲って山崎さんあたりがミントンやっててたりとか、


「構わん、入れ。



 ……ん、誰だ?後ろの彼女は?」


しなかったぁぁぁあああ!!!


案内された部屋の中には師団長と呼ばれる人物、そしてその隣にはキッチリ七三分け金髪の男性と、目つきが副長並に狂暴な男性(ただし小さい)が何やら話をしていたのか、机を挟み立っていた。

どうしよう、全員全くもって知り合いな気がしない。
てかはっきり「誰だ?」宣言されましたよねこれ。師団長って呼ばれたひげ面のオジサマにされたよね、今。
感じ取るにここではその師団長とやらがどうもトップのようだが、そのトップの人物に知らない宣言されたら終わりじゃない?私。

「はっ。彼女はここの女中だと言うため、中へ連れてまいりました。師団長殿をはじめとした幹部の方のお抱えのものだと思いました故」

「なんだぁここは誰かもはっきりしないやつをあっさり中に入れちまうのか。随分と緩んだ警備だな」

「よさないか、リヴァイ」


こ、怖いぃぃぃいいいいなんだこの目つき悪い人ぉぉ!副長並に、いや、副長以上にガラ悪そうですけどおお!


「あ、あの私、確かに女中として雇われてたんですけど、どうもここじゃなかったみたいです」

最近雇われたばっかりで、買い出しに出たら帰り道わからなくて似たようなところにたどり着いたのでつい…

滝のように背中を伝う冷や汗に必死気づかないふりをし、小学生の言訳かのような弁明を述べる。
これで頼むから取りあえず不審者拘束コースから逃げられたりしないかなぁ。無理だよなぁこれ絶対。
ほら髭のおじさんめっちゃ見てるよ私のこと。
素直に真撰組の女中ですって言えればよかったのだが、万が一にもここが攘夷志士の巣窟本部とかっだたら嫌だしなぁ。

「ええと、勘違いさせてしまったようで申し訳ありません。門番の方も、お仕事中にご迷惑おかけいたしました」

こうなったら作戦B、深く追及される前に早急にこの場から立ち去る作戦である。
正直屯所に帰れる気が微塵もしないが、万が一の場合はもう一度恥を忍んで老夫婦の家にご厄介になろうそうしよう。

「では私はこれで」

今だ穴が開くほど向けられる視線を完全に気づかないふりをし、案内してくれた門番の後ろのドアを開こうとドアノブに手をかける。

あと一歩を踏み出せば、この視線から逃れられる。

けれどもそれは、ドアを開ける音と重なるように発せられた声によって、叶わなかった。


「ああ、もしかして君が最近うちに入団した女中の子かい?」

「…………はい?」


今、この七三分けの男性は何といった?


「丁度いい、私たちと一緒に本部へ戻ろう。リヴァイも一度こちらへ来てから旧本部へ行くだろう?」

「………ああ、そうさせてもらおう」

「ち、ちょっと…!」

待ってください、と続けたかった言葉は七三さん(とこの際なので勝手に命名した)の後ろに立つ目つきの悪い男が向ける無言の殺気のせいで、発せられることはなかった。
いや、殺気って言っても私は殺気とかわからないんですけどね。
あの目つきで睨まれたら誰だってそう思いますよね!

「ではナイル、彼女は私たちが連れて行こう。世話をかけた」

「おい、これは一体…」

「おいお前、行くぞ」

ナイルと呼ばれた髭のおじさんが何か言おうとしたのも、私が帰る姿勢を見せていたのも、全てこの二人の有無を言わさぬ様子に為すすべはなかった。


バタンッ


「……」


ち、沈黙が痛いよお母さんんんんん!!


まるで連行されるかのように前後を挟まれ、そのままもと来た道を辿る間、私たちは終始無言であった。
そう、それはまるでこれから罪状を言い渡される罪人を連れるように…って、そんな物騒な妄想はやめよう。

隙をみて逃げ出せるとすれば、それはこの建物の入り口に辿り着いたとき。
仮にも物騒といわれる江戸の治安を守る真撰組で何だかんだ言って女中をやっていたのだ。
自衛ぐらいはできる、はず。

よしそうと決まれば、とぐっと顔を上げたその時。

「うっぷ…!」

突然目の前を歩いていた七三さんが立ち止まったため、その背中の翼の紋章に顔面を思いっきりのめり込ませてしまった。

何事かと足を止めると、目の前の人物は微動だにしないまま。
代わりに感じたのは、後ろの人物が私との距離を詰めた気配。
そしてそのまま背後から耳元に顔が近づいたかと思うと。



「少しでも妙な様子を見せてみろ」


「削ぐぞ」



やっぱりこの人副長より物騒だよぉぉぉおおおお!!!!



てか削ぐってなんですか削ぐって!!??


私は唐突に目の前が真っ白になる予感をぬぐえなかった。

拝啓、どこにいるのかわからない(あ、この場合は私が行方不明なのか?)局長副長、あとおまけで沖田隊長と伊東先生。

私は果たして無事に屯所まで帰れるのでしょうか。

お願いなので、誰でもいいから迎えに来てくださいお願いします。


「おい、お前…!?」

ぐらりと自分の身体が傾くのを感じながらも、意識が遠のく私は為す術もなくそのまま視界は暗転したのだった。


どうか目が覚めたら自室の布団の上でありますようにと願って。

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