午前10時55分、日本史の時間。
他の時間では一切ないような真面目さを発揮し、黒板をにらむ私。
何故ならそれは、私がこの日本史が大好きだから…ではなく、日本史の先生が大好きだからである。
しかしこの時間、今の席になってから度々この至福の時間を妨害する輩が現れた。
正確に言うと、授業妨害ではなく、私妨害である。
人が他の時間寝てまでも居眠りをするまいとこの時間に命をかけているのに、とんでもない輩がいたものである。

それは。

「なぁ、今日のお昼一緒に食べにいかねー?B定食のおまけにいちごプリンがつくらしいんだよ」

「いやいやそんな話後でよくない?今授業中。私超真面目に聞いてるの。あとそれ私にもB定食頼めって言ってるわけ?」

「さっすが!俺が言いたいことよくわかってる!」

「もう、だから話しかけないでってば!坂田くんも真面目にききなよ!」

「ほら、俺は日本史得意だからさ」

お前が得意でもこっちは得意じゃないんだよぉぉ!!あとそもそもこんなことする奴と誰が一緒に行くか!
そして私が大好きな澤本先生(46歳、独身)がこっちにさっきからちらちら視線送ってくるからやめてください本当に。
先生は温厚だから注意とかしないけど、それでも授業態度が悪い生徒を快くは思わないに決まっている。


私の後ろの席の人物、坂田銀時。
好きな食べ物は甘いもの、この歳で将来糖尿病が確定している残念な人物であるが、それは自業自得、というかむしろざまーみろと言いたいくらい私はこの人物に迷惑している。
日本史の時間、こいつは何を考えているのかひどくどうでもいい話を後ろから投げかけて来るのである。
初めのうちは、完全に黒板(基澤本先生)しか視界に入っていない私に話しかけられていることすら気付かず(強いて言えば何かうるさいな後ろの奴、くらい)、完全スルーを決め込んでいたが、隣の席の笹瀬くんに「あの、坂田に話しかけられてるよ…」と申し訳なさそうに言われ、ようやくそのことに気がついたのであった。

しかしそこで反応してしまったのが運のつき。

次の時間から完全にそのことを認識してしまい、先生の美声に集中したいにもかかわらず後ろの坂田くんの声が邪魔で邪魔で集中できなくなってしまったのだ。
そして更にたちの悪いことに、私が反応しない限りつっついてきたり机に手紙を投げてよこしたりと地味な嫌がらせ(以外の何ものでもないと思う)が続く。
そのため泣く泣く先生に心の中で謝罪しつつ、適当に坂田くんをあしらう為私は僅かに身体をひねり、反応せざるを得ないのである。

ちなみに一つ弁明しておきたいが、私は超がつく小声で話している。
坂田くんも一応小声で話しかけては来るが、どう見ても私たちが何らかのやり取りをしているのは教壇に立つ先生からは丸見えで。
あああ先生ごめんなさい!全てはこの坂田銀時とかいう男が悪いんです!何故かこの至福の日本史の時間に水を差してくるんです!もうほんとやだこの人。

授業終了まであと10分。
しつこく繰り返される誘いに付き合っていられず、再び前を向き鬼の心で後ろからのアプローチを完全に無視する。
いくら話しかけても反応がないことがわかった坂田くんは、先生が板書していることをいいことに、今度は適当に破ったノートの切れはしにメモを書き、見事なまでのコントロールで手元に投げてくる。

顔面に投げ返してやりたい衝動を「大好きな先生の前、大好きな日本史の時間」と心で繰り返しどうにか鎮め、目の前に丸められている紙をそっと開く。

どうせまた誘いの文言だろうと高をくくっていた私は、直後そこに書かれた文字に思わずフリーズしたのだった。


***


「坂田くん…!!」

「よし、とりあえず食堂にいこーぜ。話はそれからだ」

終礼のチャイムとともに後ろを振り返り慌てる私とは対照的に、マイぺ―ス全開な彼に有無を言わさず連行され、正直なところ私は食事なんて取れる心境ではなかった。
早く手紙に書かれた内容の事実確認をしたいのに、坂田くんは呑気に、そしてちゃっかり私の分までB定食を頼み、空いてる席に腰かけると「いただきまーす」と手をあわせたのだった。

「ね、さっきの内容なんだけど…」

あまりのマイペースっぷりにこめかみが引きつりそうになるのを何とか抑え、自分も箸を進めながら尋ねる。

「さっきの内容?」

「…丸めた紙、最後によこしたじゃない」

「あぁ、あれか」


そこには私が知らなかったこと。

『澤本先生、来月結婚するらしいよ』という一言が記されていた。

その文字列を見た瞬間、頭の中が真っ白になった私。
不本意ながら坂田くんとごはんを食べることになってしまったことや、何も言ってないのにB定食を頼まれたことは全て水に流してもいい。
だから早くこのことについて説明してください!!


「ごめん、それ嘘だわ」

「う…そ…?」

「そうそう。いやーこうでもしないと一緒に食べてくれないじゃん?それに46まで独身だった先生にいきなり結婚の話なんて湧いて出てくるわけないし…」


正直、坂田くんが何をぐたぐた言っているのか、この時の私には微塵も耳にはいらなかった。

ただ一つわかったこと。

それは次の瞬間、私は目の前の揚げパン(きなこ味)を大きく振りかぶり、坂田くんの顔面に投げつけていたということだった。


「っぐはっ…!ちょ、ちょっとタンマ!!冗談だったんだって!ごめん冗談!」

「…冗談でも、絶対許さない…!!」



その後必死の形相で謝る坂田くんを余所に、私はもう二度とこいつの誘いにのらないことを誓ったのだった。
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