ガラガラッ 3時間目、授業の開始から15分を過ぎたころ。 教室の扉が開くには何とも中途半端な時間。 この音は、毎度のように私を恐怖へ誘うものに違いなかった。 「おい、教科書」 はいはい来たよ、何で開口一番が先生へ「遅れてすみません」じゃないんだよ。 先生君だと分かった瞬間速攻で怒ろうと開きかけた口を閉じて何事もなかったかのように授業の続き始めたからね。存在自体をなかったことにしようとしてるよ、間違いなく。 そして何で隣の席の小林くんじゃなくて前に座ってる私に向かって言うのかなもう全然意味わかんない何の嫌がらせですかこれ。 「ふざけんなこの野郎」と何度言おうと思ったことか。 でも言えるわけないですよ、そうですよ、相手はなんたって天下の高杉様ですよ。 怖いんだよこの人、本当に。 私の後ろの席に座る高杉晋助くん(推定18歳)は校内、いや、この地域一帯でも有名な所謂不良というやつらしい。 そんな人物と同じクラスになり1カ月半、そしてこの席になってから1週間。 皆さんに質問です。 彼の前の席に座っている私が、毎度のように彼に教科書を取り上げられるのは、どうしてでしょうか。 一切抵抗のできないただの一般市民の私は為す術もなく開いていたそれをそっと閉じ、ふり返るだけでも恐怖な後ろを向くと、「どうぞ…」と蚊もびっくりなか細い声で教科書を献上するのだった。 そもそもの始まりは………いや、無いな、何も無い。 だってこの人そもそも一週間前までほとんどクラスにいなかったもん。接点なんてあるわけないよ。 だからこの席になった時もある意味「高杉くん教室に来ないから実質一番後ろでラッキー」何て能天気なこと思っていたわけだよ。 それなのに急に先週から授業に来たかと思ったらこれですよ。 「教科書みせて」ならまだしも後ろの席だから「教科書よこせ」状態ですよ。 最初私に向かって言ってるとは夢にも思わなかったからね。小林くん、ご愁傷様…とか祈ってたら椅子を下から蹴り上げられたわけですよ。 あれにはもうびっくりした。びっくりして「ひぃぃぇえ」とかよくわからない変な奇声あげちゃいましたから。後で友人に「死亡フラグがたつ瞬間初めて見た」って言われましたから。 何の因果があって私に絡むのかは全くもって不明だが、そんなわけで私は授業中教科書を取り上げられ、教科書のない授業を受けるというスクールライフを送っている。 (ちなみに隣の席の鈴木くんに見せてもらおうと試みると椅子を蹴りあげられるという仕打ちが待っている) 泣きたい。本当に。 授業終了まで残り10分。 先生も気を使ってか、教科書のない私には一切あてることがないのももはや慣れた。 しかし折角我が精神を削って貸した教科書は、悲しいことに開かれた音すらしない。 高杉くんは何が目的なのだろうか。 時期も時期なので真面目に授業に出ようと思い立ったがいざ出てみたら教科書買ってないことに気付いて今回の行動に及んだのかとも思ったが、彼の無二の親友(に私は見える)河上くんが昨日「晋助、教科書借りたでござるよ〜」とか何とか言っていたのを私は聞いてしまった。つーかあるじゃん、自分の! 意味不明です。誰か私に彼の心を覗ける道具をください! *** 正直授業を聞くどころではないため、高杉くんに纏わるあれこれを推測するうちに、むなしいだけの時間は過ぎ去り終わりを告げるチャイムが校舎に鳴り響いた。 「おい」 「は、はいぃぃい!」 いつもはこのまま机に教科書を残し立ち去る彼だが(姿が完全に消えたのを確認してからそっと教科書を回収する私…乙)、何故か今日は声をかけられた。 ど、どうしたんだろうか…もしかして教科書に気に入らないところが!?ただの地理の教科書なのに! そういえば昨晩の予習時に一瞬意識が飛んだが、まさかその時によだれが…!? 足りない頭をフル回転させるも何も思い当たることがなく、一先ず「申し訳ございません」と謝るべく全力で頭を下げようとした。 が。 「これ」 ぺしんという何とも間抜けな音とともに、私の頭に置かれたのは小一時間ほど前まで我が手中にあった地理の教科書。 な、なんと…!これはまさかの直接返してくれるというイベントだろうか。 全く使っていないのに意味はあったのかは疑問であるが、謎の恐喝一週間目にして新たなイベントが発生するとは!何の進展も望んでないのに…! 正直中途半端に折り曲げた腰が辛いが、置かれたそれを落とさぬよう慌てて手で支えると、私が頭をあげるのを待たずに高杉くんは教室を出ていってしまった。 よかった、公衆の面前でよだれの痕を晒すなんて言う事態にならずに…。それよりも謂れのない理由で公開処刑をされなかっただけでも毎日仏様に拝んでいるだけあった。 …ん? 「…なんだ?」 教科書とともに置かれた何かに気付き手を下ろすと、そこには私の大好きなカントリーマ○ムが一袋。 ダメだ、意味不明、いや不思議くんすぎるよ高杉くん…。 ←back |