※千鶴ちゃん病み気味注意


まだひんやりとする空が白み始めた時刻、布団にくるまりたくなる己を叱咤し、身を起こす。
朝稽古に熱心な隊士すら起きていないような時ではあるが、あの人はもう来ているに違いない。

手早く身支度を整え、向かう先は屯所の台所。

思った通り、そこからは手元を照らすための灯りが灯り、トントンという刃と板がリズムよくぶつかる音がしていた。


「おはようございますっ」

「おはようございます、千鶴くん。いつも朝早いですね」

「いえ、本当はもっと早くお手伝いできたらいいんですが…いつもいつもありがとうございます!」

「私はこれがお仕事ですから。千鶴くんはもう少し寝ていてもいいんですよ」


そう優しく微笑んでくれる彼女に、朝から幸せな気分になってしまう。早起きしてよかった。


渚さんはこの新選組に勤めている女中さんだった。
私がここへ連れてこられた時にはすでに働いていて、女人禁制と言われている屯所では、不思議な存在だった。
住み込みではなく、通いで勤めているのできっと隊規に触れないのだろう。
深く事情を知らない私は勝手にそう解釈し、彼女との交流を深めていった。

立場上手伝いをさせてもらうことが多く、傍でその姿をみているのだが、なんというか、女性の私が見ても惚れ惚れとしてしまうくらい素敵な人だった。
女中としているからか炊事洗濯その他家事全般は完璧であるし、感心させられてしまうほどの気配り、そして綺麗な容姿に十分すぎるほど見合う、誰にでも優しくて物腰柔らかな性格。

今だって、こんなに朝早くから支度をしているのに、眠さなどかけらも感じさせない爽やかな笑みを私に向けてくれている。
この笑顔をみて今日も一日がんばろうと思えるのは、私だけではないはずだ。

本当は同じ女性として、もっともっと親しくなりたいとは思うのだけれど、生憎彼女に私は「男の子」として紹介されていた。

残念に思うけれども、それでも私は小姓としてここにいるからか、他の隊士の方よりも彼女との接点は多い。
彼女も、中途半端な時期に小姓として入隊した私を何かと気にかけてくれていて、親しさに関しては他の人に胸を張れるものがある。


「千鶴くん、そちらの火加減見てもらえますか?」

「はいっ!」


朝の炊事当番は隊士から二人交代で選ばれるが、私は少しでも渚さんと二人でいたくて、少しでも役に立ちたくて、もう一人の当番の人よりも早く来るようにしていた。
今日の当番は私と平助くんだから、本当はもう少しゆっくりできたのだけど、彼女と一緒に当番が出来ると気持ちが急き、目が覚めてしまった。


***


「おはよーございます…って千鶴、もういたのかー!早いな!」


頼まれた鍋での様子を確認し、次は何をしようかと指示を仰ごうとした時、勝手口の入り口から平助くんが顔をのぞかせた。


「藤堂さん、おはようございます」


私がきたときと同じように柔らかい笑みを向ける彼女。
その表情に、平助くんの頬に赤みが差したのを私は見逃さなかった。


彼女の笑顔はいつだって平等で。
先程まで自分だけのものだったに、それが他の人にも向けられるのが嫌だと思ってしまう。
私だけの彼女じゃないのに。


「千鶴くん、どうかしましたか?」


気分が優れないのですか?、と前髪をかき上げられ額に手がふれる。その綺麗な顔が近くなる。





触れたい。もっと触れてほしい。





「千鶴?おまえ顔赤くないか?」


その声に、自分の意識が完全に彼女に向いていたことに気づく。


「すみません、何でもないんです」


慌てて調理を再開すると、調子悪いなら無理するなよ、と平助くんも心配してくれる。
ごめんね平助くん、さっきは少しだけ、嫉妬してしまったの。


今はまだ「みんなの彼女」だから、この胸に渦巻く気持ちも抑えることが出来る。





ちらりと横目で彼女をみると、何でもないなら良かったですとまた包丁を握り、まな板へと向かっていた。

隊士たちのことを想い、素早いけれども丁寧に一つ一つの食材を調理していく彼女。
その表情すら、素敵だと思うと同時に、独り占めしてしまいたいと思う。



「これで朝食は全てですね。二人とも、配膳の準備をしていただけます?」

「「はい!」」



優しい優しい彼女。みんなの彼女。


いつか、本当の私にも、その笑顔を向けてください。


そして出来れば、それは叶わないことかもしれないけれど。


どうかその笑顔を。





(私だけに)

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