祇園の中心にほど近い商店の並びの一画。
呉服屋や酒屋に並び、その刀屋はあった。


「あら新里さんこんにちは。・・・え、今日も可愛いって?やですよーそんなこと言ったって一文も負けませんからね」

「お久しぶりです神谷さん。最近見かけませんでしたけど…あらお国に帰られてたんですか。…ん、何ですか?それ。お土産!?そんな高そうなもの、いただけないです!」

遠目から見てもわかるその店の繁盛。
それは不幸にも決して平和とは言えない時勢のためでもあるが、それ以上の理由は、間違いなくそこで客を相手にしている、一人の娘にあった。

「あら名前ちゃん、また贈り物もらったの?」

「福田屋のおば様、こんにちは。そうなんです、いつもいただけませんとお断りしてるんですけれど…」

「こういうものは貰っておくものさね。まだ身を固めないうちに、男からもらえるものは貰っとくんだよ」

「もーおば様ったら」


私も若いころはね、と何度繰り返されたかわからない昔話をにこやかにきく娘、苗字名前。そんな彼女を向かいの甘味屋2階の格子越しに見つめる視線が一つ。
新選組監察方山崎烝。
彼はここ数日、この窓越しに見える様子を事細かに記すことが課された仕事だった。


「刀屋の監視、ですか?」
「ああ」

数日遡った新選組屯所の副長室。
そこで告げられる仕事には慣れたものだったが、今回ばかりは己の仕事の内容に思わず首を傾げてしまった。

副長の話では、なんでも最近長州の一派が頻繁に立ち寄る刀屋があるという話だった。
表立っては武器の調達をすることのない彼らが頻繁に訪れるということは、その刀屋から何らかの"もの"が長州方へと流れているに違いない、どのような人物が出入りしているか、その刀屋がどのような立場にあるのかを調査しろ、というのが副長からの命だった。

副長から示された刀屋は、祇園中心の近くに並んでいるものの、丁度区画の外れに位置しているしているからか、昼間でも表通りの喧噪が遠くに感じることがあるほど人通りが少ない道に立地していた。
故に山崎が得意とする人混みに紛れ監察するという手法をとりにくく苦戦を強いられるかと思いきや、幸いなことにさほど道幅の広くない通り面する向かいの甘味屋に根を張ることができ、ここしばらく続いた潜入任務よりは負担が少なくすむものとなりそうだった。
とはいえ長時間気を抜けないことは変わりなく、更に揚屋などと違い甘味屋には何度も足繁く通う理由が早々に浮かばないため、この店の主人に訝しがられる前に調査を終えてしまいたい、というのが彼の正直な心境であった。


「(・・・それにしても)」

人通りが少ないにも関わらず来店客が多い店だと、彼はここ3日の監察で感じていた。

そしてその理由というのが。


「こんにちは。初めていらっしゃるお客様ですね」


この3日、ほぼ終日といって良いほど店頭に立つ娘にあると山崎は踏んでいた。

刀屋「苗字」の一人娘、苗字名前。
立ち寄る客に愛想よく笑顔を振りまくその姿は、彼女の要旨も相まって男ならば勘違いしてもおかしくないほどのものだった。
事実来店客の少なくない人数が、山崎から見ても彼女に惚れ込んでいるとわかる。
そしてその客の中には、確かに副長である土方が言うように、長州藩士と思われる輩もいるというのが事実だった。

しかしながら、ここからわかるのは、そういった人々が彼女のために通っているという様子だけ。
この店自体に何かしらの裏があるとは、未だいえないというのが現時点での結論だ。

「(怪しいとすれば、彼女が受け取る恋文と覚しきものか・・・)」

彼女もその客も、もしかするとこれら一連の行為自体が、彼女たちの裏を隠すための芝居である可能性は拭えない。

「油断は禁物、だな」

閑散とした店内に、自分の声が静かに溶けて消える。
今日も何も得られるものはなさそうだと、すっかり冷え切った茶を口に含み何度とわからぬ視線を向かいの店先に向けたその時。


「ぶふっ・・・げほっ、ごほっ・・・!!!」
「お客さん!?如何しましたっ!!??」
「いえ、お構いなく…っ」


むせ返る自分の前に差し出される手ぬぐいだけを受け取り何とか呼吸を沈めた山崎は、視界に飛び込んできたものを気のせいだと思いつつも二、三度目をこすり再度格子越しの店先に目を凝らした。


そこにあるのは娘が一人の客を相手にしている姿。

何ら不思議のない、よくある風景。

けれども、その娘の前に立つ、その人物が問題だった。


「名前、久しいな」

「あら、お久しぶりです!お見えになるの、お待ちしていたんですよ。



 斎藤さん」



様子からして顔馴染みの二人。
それは店員と客という間柄であることは間違いないものの、予期せぬ事態に驚きが勝る。


何故、斎藤組長がここに?


濡れた手拭いを呆然と握りしめ、山崎はしばらく談笑する男女から目を離せないでいた。
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