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日もくれれば途端にひんやりとした冷気が身を纏い、山特有の暗闇が辺りを覆う。
夕暮れ時までは絶えることなかったセミの声もいつの間にか消え、時折遠くで虫の音が聞こえるものの、一瞬間が生じたと思った直後、そこに残るのは静寂だけだった。
今頃は剣道部吹奏楽部揃って今夜のイベントの説明でも受けていることだろう。
手にした懐中電灯で手首を照らし時刻を確認すると、第1組がこの森へと足を踏み入れる頃が間近となっていた。
「そろそろね」
同じ場所で待機となったレイに声をかけられこくりと頷くと、暫くしゃがんでいたためかすっかり硬直してしまった身体を伸ばし、己と彼女の格好を見返した。
「レイって、白装束似合うんだね」
「馬鹿にしてるの?」
褒めたつもりが冷静に考えれば確かに馬鹿にしているともとれる自分の台詞に間髪入れず謝罪をし、危うくこの真っ暗な空間で二人きりしかいないにもかかわらず仲違いを起こすという危機的状況を回避した。
現在私たちがいるのは、合宿所裏手、祠と合宿所の間に佇む森の中。
一体全体どこから引っ張り出したのか、どう考えても今回のような肝試しでしか使うことのないような白装束を身に纏い、二人で部員が来るのを待機している真っ只中である。
結局驚かす役となったとはいえ、全行程2、30分程度の道程に5人が分散するのも難しく、まして私とレイがそれぞれ一人で闇の中待機するのも危険であると、先生たちは一人で、私たちは二人で驚かすこととなった。
全部で8グループほどができているはずで、それぞれ間隔は5〜10分程度あく予定となっている。
目的としては祠に予め用意されたお札を各班回収してくるといういたってシンプルな形式の肝試しであるが、如何せんそれなりにグループがあるので無事に終わるのか不安な点も多い。
「先生たちも大丈夫かなー」
「そこ、心配するところ?そもそもこの肝試しコースも内容も、先生たちが昔やったことなんだし、私たちが杞憂する必要もないんじゃない?」
「ううん、そうなんだけどさ…」
剣道部はどうかは知らないが、吹奏楽部員がなぁ…
組み合わせによってはただ歩いて帰るだけではいかなさそうな面々が頭に浮かぶも、遠くから近づく懐中電灯の光に気づき、私とレイは会話を中断し各々の持ち場についたのだった。
***
どうなるか内心ひやひやしていた肝試しも、数組が無事通過してゆき残すところあと3組となった。
私とレイの役割は、道を挟んで草むらにそれぞれ潜み、片方が音を立てもう片方が反対側から驚かすというひどくシンプルなものである。
大体は一瞬驚くものの、すぐに「なんだー」と安心したり、私の格好をみては「こんなところでどうしたんですか!?」と真顔で心配する部員もいた。
中には私の格好を凝視した後、無言で写メを撮り出す部員もいたもので、レイが「さっさと進みなさいよ」と雷を落とす顛末もあった。
後で写真の消去を求めないと一体何に使われるかわかったものではない。
とはいえここまで大きなトラブルもなく、この調子で終わるといいなとすっかり落ち着く場所となった草薮に足を進めると、後ろでレイが小さな声で呟いた。
「凪くん、まだ来ない…」
確かに凪も、そしてアンナちゃんも吹奏楽組としてはまだ来てない面子であった。
班は剣道部も吹奏楽部も交じった編成のはずだが、馴染の深い面々は未だ通らずであることを思うと、妙に寂しさを感じる。
「そういえば斎藤くんたちもまだだね」
剣道部で知っている顔、というと真っ先に浮かぶ斎藤くんを初め、つい先日食堂で一緒になった人たちもそういえば未だと通らずであることに気づく。
「千鶴ちゃんとかこの手のイベント苦手そうだけど、大丈夫なのかな?」
「さぁ。あの子案外根性ありそうだから、なんだかんだで平気なんじゃないの」
以外と千鶴ちゃんのことを気にかけている風なレイの言葉に、先日の一件については無事落ち着いていそうで安堵するも、根性と肝試しに果たして相関関係があるのか疑問が浮かぶ。
「ーーーーってーーー」
「あ、次の組来たみたい」
遠くから聞こえてくる声と光に、待機する。
それにしても随分と大きな声だなと耳をよくよく澄ませると、男女2人の声のようで、しかもそれはよくきく声であった。
「だから、なんで私があんたと一緒に森の中彷徨わないといけないわけ。どうせなら名前と一緒に回りたかったわ」
「それこそ僕の台詞なんだけど。西園寺さんも大概名前ちゃん馬鹿だよね。しかもその当の本人はからかおうと思ったらいないしさ。こんな班編成にした土方先生とか本当に恨むよ」
「その点だけはあんたと意見が一致するから余計に腹が立つわ」
仲がいいのか悪いのか、少なくとも私にとってはひどく恥ずかしい内容を吐露しながらこちらへ近づいてくる人物たち。
「…沖田と、西園寺ね」
姿は見えないものの、レイの憐れむような視線がひしひしと伝わってくるようで、私はただ無言で小さくなった。
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