君から広がる世界 | ナノ

 32

それからはまさにこれが夏合宿、というように怒涛の練習の日々が待っていた。
もともと部長でもあるのだから、部活に出ていれば常に活動の中心になることは必至である。
凪もいたとはいえ、1日中部活のことを考えるというのは中々に貴重な経験である。
剣道部とも、平助君との一件以降は驚くほど何もなく、隣の部屋にいる千鶴ちゃんと土方先生くらいが一日に数度顔を合わせるといった程度で、他の面々とはそうそう顔を合わせることはなかった。
いくら同じ合宿場とはいえ、部活が違えば本来はこんなものであろう。

一日一日と短くなる合宿の期間。
遂に明日でこの山暮らしも終了かと人知れず肩を撫でおろした最終日の午後練直後、そのイベントは発生することとなった。


「肝試しやらない?」

この男は真顔で何を言い出すのかと思えば。

「やだよ。最終日くらい皆早く寝ようよ」

「ちなみに既に土方先生の許可は取ってあります」

「凪ってこういう時だけ仕事早いよね」

最早決定事項だった打診は何の意味もなく、みんな肝試しだー!と叫ぶ凪に途端に沸き立つ部員たち。
しかし肝試しをすると決めたはいいが、一体どこでどうやってするのだか。

「土方先生曰く、剣道場裏手に祠に続く道があるんですって。そこなら自分たちも学生時代使ったことがあるから許可できるって、さっき言ってたわよ」


あれ、アンナちゃんも一緒に聞きにいったの?こういうイベントごと苦手そうなのに。
とつっこみたい気持ちは大きかったが、大方こんな時だけの副部長権限でも駆使されたのであろう。心底嫌そうな表情が全てを物語っている。

どうして肝試しでここまでテンションを挙げることができるのだろうかと、アンナちゃんと温かい目で部員を見守る中、私はふと思った。

肝試しって、驚かす人が必要じゃなかろうか。


***


「えーと、それでは肝試し前に簡単な打ち合わせをしておきたいと思います。よろしくお願いします」

「おう、よろしく…って名字はこっち側でいいのか?」

「いいんです、こっちで」

一つの机を囲むように座るのは、私を含め5人。
原田先生、永倉先生、土方先生、レイ、そして私である。
傍から見たら先生3人に囲まれ絶賛説教中のような状況ではあるが、むしろ一番居心地が悪そうなのは土方先生だった。

驚かせる役がいたほうが良いのではないかと思い立った直後、非常に珍しいことに土方先生がこちらを尋ねてきた。
許可を出したはいいが具体的にどうするのかを確認しに来たことに加え、剣道部も一緒にいいかという申し出で、後者に関してはこちらが断る理由は特になかったためOKをだせば、むしろ喜んだのはこちらの部員だったように思う。
そしてこちらの考えを伝えれば、それは先生も決めかねていたところのようで、しばし思案したのち、少し考えると一度剣道部へと戻っていいった。

そしてこうして再び声をかけられたのがつい先程のこと。
けれども土方先生が集めたのは私だけではない。
ここに集まっている面々は。


「よし、じゃあどうやって脅かすかなー!」

「永倉先生って生徒より生徒っぽいんですね。こんなことでテンション上がるなんて」

「佐藤はむしろよく肝試し自体に参加するって言ったなぁ」

「だって凪くんの驚く顔っていう希少なものが見れるかもしれないじゃないですか。一緒に回る方を画策するより、確実に会えるこちら側の方がどう考えても得でしょう?」

「なるほどなー…って佐藤、お前今ナチュラルに俺のこと貶したよな?」

「そうですか?そう感じさせてしまってたらすみません。凪くん以外の人間はどうでもいいのでつい本音が」

「本音って言ってる本音って!!」

レイ、凪に対してはぶれないなぁと思わず微笑ましい気分になる反面、こんな様子で大丈夫なのだろうか、と一抹の不安が過った。
人を驚かすことに必要のないスキルとはいえ、どう考えてもチームワークだけはなさそうなメンツだ。

肝試しで驚かせるのは、私たち5人なのである。

「吹奏楽部からは本当に名字だけでいいのか?OBOGも何人かいただろ」

土方先生もおそらく同じ不安が過っているようだったが、むしろ先生的には、そもそもこちら側に私やレイという生徒が入ってしまうこと自体に異議があるようだった。
それは原田先生、永倉先生もしかり。どうせなら楽しめばいいのに、と。

「先輩方にはスタートとゴール地点を仕切ることをお任せしました。それに一回やってみたかったんです。こちら側」

肝試しが面白いのはむしろこちら側だと(私は勝手に)思っている。
正直回る方になると、他の人が帰ってくるまで待たないといけなかったり、それこそ一緒に回るメンバーが相性の合わない人だったりするとそれはもう悲惨な一夜を過ごす羽目になってしまう。
要はこんな時だけの部長権限を言い訳に、面倒な方には回るのは全力で避けてみたのであった。

とはいえ私がこちら側にいることは実は先輩方以外にはまだ伝えておらず、そしてその時になっても言うつもりは更々なかった。
正直後輩に「先輩が一緒だと心強いですね」と言われた際はそれはもう良心が痛んだが、最終日くらいのんびりさせてほしいというのが本音である。
吹奏楽部に加え剣道部も参加というそこそこ大所帯になったため、誰がどこの班になったかは、把握するのは中々難しかろう。
それに脅かす側に誰がいるかがわからない状況の方が、スリルは増すこと間違いない。


「ではそれぞれが配置するポイントだが---」


なんだかんだ言って仕切りだす土方先生の声をききながら、今夜のイベントが無事に終了することを祈った。

しかしその一方で、どう考えても何も起こらずに終わるわけがないと思ったのは、きっと私だけではないに違いない。
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