24.5
そもそものきっかけは5年前の春の終わりごろ。
喘息を繰り返しがちだった僕は、中学校に入って間もないにもかかわらず入院を余儀なくされ、またかという心境とともに一人病室で暇を持て余していた。
もちろん姉さんや、今は校長としても関わりがあるが、当時通っていた剣道道場の師範も務めていた近藤さんもお見舞いには来てくれていた。
しかしそれでも面会時間が終わった後の一人の時間は寂しいことに変わりはない。
部屋は相部屋だったがもう一つのベッドは僕が入院してから2日後にようやく埋まり、そこに来たのが玲だった。
「佐藤玲?」
「"あきら"って名前、男の子みたいで嫌いなの。"れい"って呼んで」
「男の子みたいって…男の子じゃん」
「いいから!」
思えばこの時から「彼」は「彼女」であることに頑なな節があった。
僕はさしてそのようなことを気にすることはなかったため、本人がそう言うならと「彼」を「彼女」として接することにすぐに馴染んだ。
たった数日共にした入院生活だったが、一日中話す時間があるためか、それなりに仲良くなるのはあっという間。彼女について詳しくなるのは必然だった。
玲はその時から従兄弟だという"凪"という子のことが大好きで。
今は少し離れた町へと越してしまったため滅多に会えないそうだが、僕と同じように入退院を繰り返していた昔、よく見舞いに来てくれたのが彼だったそうだ。
それは中学生になったとはいえまだ幼い子供の感情での「好き」でしかないと思っていた。
しかし、その認識を改めさせられることになるのはつい最近、2週間ほど前に久しぶりに再会した時のことだ。
「転校?こんな時期に?」
「そう、薄桜高校に。凪はそこに通ってるって言うから。偶々だけどあなたもいるみたいだし」
「ふーん…」
退院してからは思い出したかのように連絡をとるくらいで、会ったのは病院で以来。
久しぶりに会った彼女はそれこそ言われないとわからないほど、「女の子」だった。
彼女がいう"凪"が偶然にも同じクラスの真崎凪だと知ったのはこの時で、思わぬところで人は繋がるものだと驚いた。
そして、正直なところ彼女がこの歳まで彼に執着しているのもまた驚きの事実で、それだけのために本当に転校までするのかと不思議に思う。
今一状況を飲み込みきれない僕を余所に、彼女は小さく、本当に小さくぽつりと呟いた。
「それに、…もう一人会いたい人がいるの」
「え?」
「…何でもないわ。それより、あなたに連絡したのはお願いがあるから」
結局彼女が何を理由としていたかは明らかではなかったが、僕はその後の言葉にまた反応してしまう。
『剣道部の合宿に参加させてほしい』と言った彼女に思ったことは一つ。
「何て面白そうな合宿になりそうなんだろう」ということ。
聞けばマネジメントもできないことはないとのことだったし、これ幸いと僕は土方さんを無理やり丸めこんで、秋から転入予定の彼女を夏合宿に同行させることに成功したのだった。
きっと凪くんのことが好きな彼女のことだから、彼の姿を見つけると同時に彼の傍にいる人のことにも敏感になるかもしれない、と一瞬頭に過った姿は、この時の僕にはそれすらも楽しみの要素になって。
凪くんだけじゃなくて、よく一緒にいる彼女の困った姿も見られるかなと、その位にしか予期していなかった。
そんな僕の考えが随分と甘かったと気付いたのは、合宿場に着いてから。
彼女は凪くんを極力避けるように、合宿場では過ごしていた。
あんなに会いたがっていたのにどうしたのだろうと思う一方驚いたのは、凪くんの姿を目に留めてすぐに彼女が僕に尋ねた言葉だった。
「凪と一緒にいる、あの子って誰?」
「あの子って…ああ、名前ちゃん?」
彼女は真っ先に、彼の隣に立つ名前ちゃんに飛びついた。
彼女のことを尋ねてくる所までは、僕の目論見通り。けれどタイミングが見当していたよりも随分と早くて、少しばかり違和感を覚える。
ある意味自分の思惑通りの問いかけなのに、どこかが引っかかる。
名前ちゃんの名を確認した後も、玲は特に何をするわけでもなく、ただ時折、じっと二人がいる先を見つめていた。
まぁまだ合宿が始まってすぐだし、そのうち嫌でも鉢合わせるのだから気に留めることもないかと、僕はそのことには何も言わなかった。
ただ何も起こらないのもつまらなくって。
折角合宿まで一緒になったのだからと嫌そうな彼女に話しかけたのは今朝の話。
午後も特に何事もなく練習が終わり、明日辺り凪くんに玲のことを教えてあげようかなと思っていた矢先、全くもって僕が予想していない事態が起こったのだった。
慌てた様子の平助に続いて、飛び込むように会議室に現れた凪くんに、今更ながらに自分が招いた事態の重さを知る。
「―佐藤さんに近づいたら、だめだよ」
彼女を困らせたかった僕の言葉は、図らずも真実めいた忠告となる。
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