君から広がる世界 | ナノ

 01

風紀委員会委員長の斎藤一といえば、この学園では知らない人はいないほど有名だった。いい意味でも、悪い意味でも。

悪い意味では、というのは語弊があるかもしれない。別に学園一の不良でもないし、成績が壊滅的に悪くて有名、というわけでもない。

ただちょっと、他の生徒より風紀に厳しいだけ。
(そして学園トップレベルのイケてるメンズ、つまりイケメン。むしろこっちで有名)

後輩にきけば、一度注意されたことがあるという子も稀ではない。

そんな斎藤くんと同じクラスになって2か月と半月の私だが、幸か不幸か、奇跡的に斎藤くんとはまだ言葉を交わしたことはなかった。
(クラスの子の大半はすでに斎藤くんから指導が入っていたりする)
担任の先生からは「このクラスは素行面での指導は先生がしなくていいから助かるな。はは。」といった言葉も飛び出している。
(しかしそれに対する斎藤君の反応は何ともいい難い。むしろ関心がなさそうだ)

別に彼も、何も生徒の粗を探そうと思って風紀指導をしているわけではないだろう。きっと、そういったことが目に入ると放っておけないだけで。

そんな風に(勝手に)斎藤くん像を膨らましつつ、良くも知らないクラスメイトについて、私は無駄に思考を廻らせていた。


私の席は、斎藤くんの二つ後ろの左横。話すには遠いが、観察するにはもってこいの席だ。
(そして何より気に入っているのは、私の席は窓側後ろということだったりする)
斎藤くんは、決して長くはないけれど、耳が隠れるほどの髪をしていて、残念ながら後ろからは微塵も表情をうかがうことはできない。
けれども、プリントを回すときだとか、隣の子が落とした消しゴムを拾ってあげる時だとか、ふとした瞬間に横を向き、顔をみられるときがある。
時間としてはほんの2,3秒だろうが、その時のアングルは、斎藤一ベストショットだと思う。ちなみに隣のクラスのアンナちゃんは正面からみる派だったけれど。

話したこともない相手にそんな風に思われるのは、彼にとっては気味が悪い以外の何物でもないかもしれない。

が、申し訳ない、斎藤くん。

関わる気が(周囲のお嬢様方が恐ろしいため)ないとはいえ、同じクラスに目の保養がいる以上、見ないなんてもったいない。
(そもそも「授業中目の保養をしていいですか?」なんて宣言してみる人はいないだろう)

迷惑はかけないのでちら見は許して下さい、と斎藤くんに念を飛ばし、誰よりも姿勢の良い斎藤くんの背中を、私は今日もみつめるのだった。






「ねぇ、名前。それ一歩間違えたらストーカーじゃない?」

「え、アンナちゃん、どの辺が?ちゃんと斎藤くんには謝ってるよ。心の中で」



昼休み、先程の授業中に想像した斎藤くん像(+α)をアンナちゃんに語ったら、全力で暴言が飛んできた。
(昼はいつも私かアンナちゃんのクラスでごはんを食べている。今日はアンナちゃんのクラス)

アンナちゃんのクラスは体育会系の部活に所属している人が多いらしく、昼休みは比較的閑散としており、無駄話も弾む環境だった。
(残っている子は漫研の山田くんとその友達ご一行。こちらには微塵も興味がなさそうだ)

「心の中で謝ったってさらさら意味がないことに気づきなさいよ。だいたい何なの。『私は今日も見つめるのだった』って。もう完全にストーカーが書く日記じゃない」

「いや、ちょっと報告調にしたら、アンナちゃんにも伝わりやすいんじゃないかと思ってさ」

「まったくもって違うニュアンスしか伝わってこないんだけど」

心の友と書いて心友(親友)なアンナちゃんは、学園の中でも中々のハイクラスな美少女(だと私は思う)で、1年生で有名な雪村さんが可愛い系だとすれば、アンナちゃんは綺麗系に分類されるだろう。
ただし中身の方はいささか残念で、出身地京都(10歳まで在住)で培われた根っからの突っ込み体質が抜けないのか、斎藤くんが風紀にうるさいように、アンナちゃんも突っ込みどころにはうるさい。
それだけならまだしも、その切り込みの厳しさがどうやら顔面偏差値の評価を下げているようだ。うーん、美人は大変だ。

しかし別にもてないというわけではない。むしろ世の中の高校生の平均以上の告白を受けていることを私は知っている。どうやらMっ気のある男子にはその点のポイントは高いようだ。


「…あんた今絶対失礼なこと考えてるでしょ?」

「…そういえば話は変わるんだけどね、アンナちゃん。今日の放課後、伊藤先生に呼ばれちゃったの。多分夏休み中の部活についてだと思うんだけど。だから先に部活いっててー」

「こら、変わりすぎでしょ。てか話をそらすな」

何か腹立つから卵焼きよこしなさいよ、と持ち前のジャイアニズムを発動するアンナちゃんに、私はいつも平伏すしかない。



「でさ、なんで斎藤一の観察何かはじめたわけ?目の保養っていうのはわかるけど、あんまり人に関心持たない名前が、めずらしいわよね。まぁあんたのことだから大した理由なんてないんでしょうけど」

余計なひと言も聞こえた気がしたけれど、確かにアンナちゃんの言う通り、斎藤くんの観察を始めたことに、格別な理由なんてなかった。
実は一目ぼれしたんです、くらい言ったほうがいいだろうか。
(しかしそんなことを言ったら、鉄拳が飛んでくるということが目にみえている)




「斎藤くんってさ、風紀のことで注意すること以外では、ほとんど自分から話しかけないんだよね」

私がそのことに気付いたのは、新しいクラスになってから1か月半がたとうとするころ。
実は、私が新しいクラスになってからはじめて隣の席になったのは、斎藤くんだった。

学園中の女子生徒の大半が羨ましがるような席を、偶然にもゲットした私だったが、悲しいかな、その時の私は斎藤一のさの字も興味がなく(名前ぐらいはもちろん知っていたが)、「あ、よく校門に立ってる子だ。近くでみてもきれいだなぁ」という印象を持った以外は特にこれといった感想はなかった。

後々、やたら他のクラスの女の子がのぞきにきたり、風紀関連の話をしに風紀委員の子がきたり、そしてアンナちゃんに「斎藤一ってそんなに有名人だっけ?」ときいたところ美形揃いの剣道部と鬼の風紀委員会の話を向こう2時間ほどマックで語られ、ようやく彼のことを「風紀委員会(4月から)委員長、剣道部2強の片方で超かっこいいと評判の斎藤くん」と認識するに至ったのだった。

ただその話を聞いたところで、「きゃあ、なんて素敵なの、斎藤くん!」などとなるはずもなく、別段何も起きぬまま、淡々と毎日が過ぎていくだけだった。
その時の私の席は斎藤くんを右手に、幸運にも窓側で(くじ運だけはいいんです)、私は一日の大半を窓の外をみることに費やしていた。
隣の席とはいえ、クラス替えをしたばかりでしらない子も多い中、いきなり初対面の子に「おはよう!」と挨拶をするほど私は社交的ではない。
斎藤くんもその点は同類なのか、自分からは挨拶をすることはなかった。
思えばこのあたりから斎藤くんの言動が気になりだした気がする。

斎藤くんのもとには、クラス内外を問わず、人がくる。
(特に1組の沖田総司とかいう人。アンナちゃん曰く彼が剣道部2強のもう一方で、やはりイケメンらしい)
しかし、彼が自ら誰かのもとへ行き話しかけることはない。
(人がいないときは、大方彼は本を読んでいた)
決して人嫌い、というわけではなさそうだが、あんなにも彼の周りには人がいるし、風紀のことでは(人が変わったように)声をかけるのに、終ぞ彼の隣りにいる間、私たちは一言も会話を交わさなかった。


「あー…名前も基本的に声かけられないと会話しないもんね。あんまり仲良くない人とは。その点は確かに同類っぽいかも」

「いやぁ、でも私みたいな一般市民とは違うんだよ。何ていうか、あの「学園でも有名な」斎藤くんが、っていうのが意外だったんだよね。結構いろんな人と話はしてるみたいだったから、自分から話しかけないという事実に気付いたときは、衝撃だったよ。ほんと」

私だけにかと思って、柄にもなく何か彼にしたかと本気で悩んでしまった。(5分くらい)(そして観察をはじめてそれが他の人にも当てはまることに気付いたのだけれど)



「そこでだした私の斎藤くんをめぐる考察(仮説その1)は、斎藤くん、クールに見えて実は超のつく恥ずかしがり屋説なんだ」

きっと斎藤くんは本当は人と話すのは好きだけど、どうしよう自分から話しかけに行くのは恥ずかしい!という今時の高校男子には珍しい性格に違いない。
しかし私が観察の途中で導き出した仮説は、アンナちゃんにバッサリ否定された。


「まぁ元々必要以上のことはしゃべらなさそうな感じはしたけど、でもそれはないわ。多分あんたと一緒よ。来る者拒まず去る者追わず、的な」

「え、アンナちゃん、私のことそう思ってたの…」

貶しているのか何なのかよくわからないコメントをされたが、気を取り直して続きを話す。


「あ、そうそう、剣道部の子は例外なんだよ。あと先生。この間たまたま、廊下で斎藤くんが沖田くんに「総司、土方先生の句集をまた持ち出しただろう。」って声かけてるの見たんだよねー」

(ちなみにこの時点で仮説1は破綻するが、気にしない。)

「それは例のごとく注意と紙一重だけど…確かにその辺は一般市民の私たちが見ても、仲がいいのわかるものね。沖田総司とか他の剣道部員ならあり得るわ。…ってか句集って何?授業で使うのかしら」

「土方先生って俳句が趣味なんだーって、風の噂できいたことあるよ。あれかな、俳句詠むのに参考にしてる句集的なものかな」

「そうかもね。まさか自分で句集作るわけないし。そんなことしてたら転職したほうがいいわよね」




そのままいつものように、ぐだぐだと話しているうちに昼休みは終わってしまった。
アンナちゃんに「また部活でー」と言い別れ、私は教室へ戻った。


すると斎藤くんが本を読んでいるのが視界に入る。

「(斎藤くんが読んでる本、私好みなんだよなー…)」

このことを言うと、またまた辛辣な言葉が飛んできそうなので言わなかったが、お互い自分からは話しかけないことだけでなく、私と斎藤くんはどこか似通ったところがあるな、と密かに思っていた。
(これをいうとストーカー確定にされるに違いない)

例えば本の好みだったり、得意な科目(古典)だったり、(これは推測だが)丸いものが好きだったり。
(これも偶々だが、斎藤くんが鶏小屋の前で生まれて日の浅いひよこを凝視しているのを見かけてしまった。私のピー助とピー子たちが斎藤くんの癒しに!)

もっと早く知っていたら、隣の席のときに話せたのになぁとも思うが、それじゃあまるで私が斎藤くんとお友達になりたいみたいにきこえる。
しかし、そんなことは断じてない。
斎藤くんや沖田くんには悪いが、彼らの友達になるのは本当に骨が折れそうだ。
(主に彼らの濃さと周囲からのやっかみという点で)






美形は見るだけに限るのがこの世の常だと思う。
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