22.5
「平助、遅いね」
「あぁ」
沖田さんと斎藤さんが言葉を交わすその隣に、俺は座っていた。
合宿二日目の練習も終わり、夕食までの時間で、次の大会に参加する者だけでの短いミーティングを行う予定となっていた。
選手以外にももちろん土方先生をはじめとした先生方もいる中、未だ姿を見せないのは藤堂くんだけ。忘れ物をしたと競技場へ戻ると言ってから、大分時間がたっているように感じられる。
「土方さん、千鶴たちは来ないのか?」
「一応片づけが終わったら来いとは行ったが…そういえば遅いな」
人数の多くない会議室に、これだけ人がいないとなると始まるものも始まらないだろう。
困ったように眉間にしわを寄せ、土方先生は室内を見渡し、俺に目をとめた。
「悪い、山崎。競技場の方を見て来てくれるか」
「わかりました」
いなければそのまま戻ってくるだけでいいという言葉に小さく頷く。ここから距離のある競技場、そこにいなければすれ違いとなってしまっている可能性もあるだろう。席を立とうとしたその時、扉の向こうから何やら慌ただしい足音が近づくのが聞こえてきた。
「お、平助か?廊下は静かに走れっていつも言ってるのにな」
「新八、教員なら『廊下は走るな』って言えよ…」
藤堂くんなら彼を探す手間が省けるが、何れにせよ雪村くんと佐藤先輩は探さなければならない。
足音が止まるのを待ってから部屋を出ようと立ったままでいると、ばんっという大きな音ともに会議室の扉は開かれた。
「おい平助、もう少し静かに…」
「土方さん、大変だっ…!」
先生の低い声は、藤堂くんの焦ったような声にかき消される。眉を寄せていた土方先生は、只ならぬその様子に更に皺を深めた。そして自身を含め部屋にいる他の人達も、ここまで走ってきたであろう息を切らし焦った様子の彼に、何事かと視線を集める。
「千鶴が、いや、千鶴じゃなくて、大変なのはっ…」
「落ちつけよ、千鶴じゃなくて?」
「千鶴が、吹奏楽部の部長が、階段から落ちたって…!」
未だ整わない呼吸の間絞り出された言葉に、誰かが息をのむのがわかった。
吹奏楽部の部長、それは確か、
「平助、場所はどこだ」
「えっと、旧宿泊棟…!」
伝えられた事態に、一早く反応したのは斎藤さんだった。
「先生、俺が見てきます。山崎、救護室を開けておいてくれ」
「っわかりました」
斎藤さんは「俺も後からすぐに行く」という永倉先生に頷くと、部屋を飛び出して行った。普段の冷静な彼からは想像が出来ないその様子に驚くものの、こうしてはいられないと自分も救護室へと向かおうと土方先生の意を仰ぐ。
合宿中は常駐している保険医はいないため、簡単な治療などは設置された救護室で自分たちで行わなければならない。剣道部ではマネージャー以外に、多少の応急処置を心得ている俺がその任を任されていた。
藤堂くんから詳しい事情を聴いていた先生が頷くのを確認し、ドアへと手をかけようとする。
しかし、自分が触れるよりも早く、その扉は外側からまたもや大きな音を立てて開かれた。
先程よりも大きな音を鳴らしたそれに、部屋中が静まり返る。
一番出入り口に近かった自分が、必然的に最も近くにいることになる。
よく見知った、その人。
「真崎、先輩?」
それなのに、その様子は、姿は、自分が知るものとあまりにもかけ離れていた。
真崎先輩とは、保健委員会に所属してから彼是2年の付き合いになる。
決して長い付き合いではないが、委員会で頻繁に顔を合わせているため、きっとこの中の誰よりも彼については詳しいだろう。
真面目とは到底いえない、普段から飄々と食えない態度をした真崎先輩は、良くも悪くも何を考えているのか、人に感情を読ませるようなことはないというのが俺の中での認識だった。
けれど。
俺はかつて、こんなに冷やかな声を、視線を、人に向ける先輩を見たことがなかった。
「佐藤は、どこだ」
未だ静寂が漂う室内に、嫌にその問いが響く。
この部屋にいる全員に投げかけているようにとれるその言葉は、数人の生徒や教員がいる中、明らかに一点に向けられていた。
まるでその先を射殺さんばかりの視線とともに。
「答えろ、沖田」
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