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雪村さんと佐藤さん。
一体この二人にはどのような関係があるのだろうか。
一番べたな可能性は雪村さんが何かしらの危害を佐藤さんから受けている、ということだ。(推測にすぎないが土方先生はこの可能性を危惧して私にあんなことを言ったのではないだろうか)
どうやら剣道部のマネージャーというポジションは、土方先生のTAなんて比じゃないほどこれまた一部の女子生徒に人気があるらしい。
雪村さん以外にも数名マネージャーはいるが、彼女たちはみな自身が剣道経験者だったりマネジメントに特化していたりと、何かしら理由があった上で先生に推薦され就いているのだそうだ。
故に一介の生徒がやりたいと思っても務めることが出来ないことがほとんどであるため、羨望のポジションとなっているようだった。
しかしそれが理由で剣道部マネージャーが女子生徒からやっかみを受ける、というのは違う。
薄桜高校では、剣道部のマネージャーというのは全国に名だたる強豪選手たちのサポートを務められるだけの能力と信頼があるということは、周知のことなのだ。
そのため羨ましがってはいても同時に尊敬もされる立場であるため、妬むという感情は生まれにくいはずである。(それにいくら素敵な先生と男子生徒がいようが、土方先生の授業以上の鬼指導の渦中に自ら飛び込んでいくような生徒はよっぽどの被虐嗜好の持ち主にしか耐えられない)
そもそも佐藤さんだって何かしらの理由があって今回の同行を許されている訳だから、マネージャーとしての能力は申し分ないのだろう。でなければ土方先生が許すはずがない。
いくら彼女が同行した理由が不明瞭でも、そのような人物が雪村さんに危害を与えるということは考えにくい。
例え雪村さんに、隠すような怪我があるとしても、そして彼女の"何か"に警戒しているとしても、だ。
夕食時にそれとなく二人の様子を観察しようと試みたのだが、凪に雪村さんを紹介した後食堂に向かうとすでに佐藤さんの姿はなく、私は私であっという間に後輩に連行され(どうも昼間の一件から、私が剣道部員と関わるのが嫌らしい)それどころではなくなってしまった。
「アンナちゃんはどう思うー?」
「勘ぐりすぎなだけで、以外に何もなかったりするんじゃない、二人の間には」
「そうかなーそうだと嬉しいなー」
面倒なことに巻き込まれるのはごめんだと二つあるベッドの上をごろごろ転がりながらアンナちゃんと会話をする。
食事後部屋に戻った私たちは順序入浴タイムに突入するわけだが、女子生徒の監督を任された私は自ずと最後に割り振られているため、この微妙な時間をもてあましていた。アンナちゃんはもちろん道連れである。
「でも気になると言えば気になるのよねー。そのサトウさんって子」
「アンナちゃん会ったことないの?」
「うーん…顔見たらわかるかもしれないけど」
大体サトウっていっぱいいるじゃない。どのサトウかわからないんだけど。
だよねーとそのまま引き続きごろごろしていると風呂に入る前にやめなさいと窘められた。
これ以上機嫌を損ねるのは怖いので、仰向けになり佐藤さんとぶつかった時の様子を思い出す。
アンナちゃんの美人具合もさることながら、佐藤さんもみた一瞬で「綺麗」だと思える容姿をしていた。あれだけ美人なら多少有名になっていそうなものであるが、残念ながら世間の情報の波に乗り切れていない私の耳には入ってきていなかった。
しかも剣道部は臨時マネージャーなんてここ数年採用していなかったはずだとのアンナちゃんからの情報もある。
凪辺りは彼女自身のことも含めその辺の詳細を知っていそうな気もするが、デリケートな話題なだけになんとなく相談しにくい。
実に謎が多い人物であることは間違いない。
「名字さん、いらっしゃいますか?」
そういえば凪には佐藤さんの存在を伝えてなかったなぁとふり返っていると、部屋の扉を叩く音ともに控えめな声がかかった。雪村さんだ。
***
私たちが部屋でごろごろしているころ、雪村さんと佐藤さんは明日の練習の準備をしていたらしかった。
ようやくそれも終わり入浴に行こうとしたが、佐藤さんはふらりと何処かへ行ってしまったので、一人で入るのも心細く私を訪ねたらしい。
ごろごろしすぎてうっかり忘れそうになっていたが、土方先生から雪村さんの様子をみるようにいわれていたわけであるので、こちらとしては願ったり叶ったりである。
雪村さんに少し待っていてもらうように伝え、他の女子生徒の入浴状況を確認した後、私とアンナちゃんは雪村さんと一緒に風呂場へと向かった。
「へー、雪村さんはそのヘースケくんって子と幼馴染なんだ」
「はい。私は選手にはなれませんけど…少しでも平助くん達のサポートが出来たらと思ってマネージャーになったんです」
「いいねー青春だねぇ」
「名前、おっさんくさくなってる」
あれ、それ今朝方誰かに言った台詞な気が…と顔が引きつるが、さすが気配り満点、剣道部が誇る癒し系マネージャーの雪村さん、そんなことありませんよと笑顔でフォローしてくれる。
ここが高校の合宿所か、と疑うほどの広々とした浴場には私たち以外の姿はなく、私は単なる気疲れをアンナちゃんと雪村さんは一日の活動の疲れを張られた湯の中でのんびりと解していた。
身体もほぐれれば自然と心もほぐれるもの。私とアンナちゃんは他に誰もいないことを良いことに、剣道部のあれこれ基雪村さんのあれこれを根掘り葉掘り聞くことにした。
私とアンナちゃんの二人ではすることは全くもってないが、後輩や他の同級生はお年頃の女の子らしく、所謂恋バナと呼ばれるものが好きだった。それは雪村さんも同じなようで、律義な彼女は只でさえ火照っている顔を更に真っ赤にしながらも、剣道部に入部した理由から幼馴染のヘースケくんについてまで色々と話をしてくれた。
「剣道部には同じマネージャーで女性の先輩がいらっしゃるんですが…あまりこういう話はしたことがないので、嬉しいです」
照れながらそう笑う彼女はまさしく恋する女の子だ。相手は間違いなく先程から話題の中心となっているヘースケくんとやらだろう。
話を聞く限りちょっとおっちょこちょいで小動物のような人物という姿が想像できる。そう言えば以前どこかで聞いたことがあるような名前であるがきっと気のせいだろう。あれだ、ヘースケなんてそこら辺にいる名前だ。
しかしこんな可愛い雪村さんと幼馴染というだけで羨ましがられるだろうに、想われてもいるなんて他の剣道部員に知られたら彼は袋叩きにあうのではなかろうか。全く、罪な男だぜヘースケくん。
身体も大分温まり良い頃合いになったころ、私はそれとなく雪村さんに佐藤さんのことを尋ねてみた。
本当は怪我のことを尋ねたかったのだが、こちらから深く聞く前に、彼女から「部活中についた怪我なんです」とこれ以上の深追いはしてほしくなさそうな雰囲気で濁されてしまった。
さすがに入浴する際に包帯は外していたが、そこには防水加工のシートが貼られており怪我の詳細は確認できない。しかし彼女が肌を晒したことで、似たような怪我が脚や腕にもあることがわかった。
打撲痕のようなそれらは、ジャージを着用している日中なら確かに隠し通せる場所だ。ただそれにしても多い。彼女がこれ以上のことを今は言うつもりがない以上深追いはしないが、部活での様子を斎藤くん辺りに確認した方がいいと判断し、私は早々にその話は切り上げた。
一方の佐藤さんのことはというと、基本的なことは何事もなく教えてくれるのだが、彼女自身も佐藤さんについては知らないことも多いらしく、それでいて妙に言い淀む部分があり、嘘をつくことが見るからに苦手そうな彼女が何かを隠していることは明白だった。
「結局、千鶴ちゃんの怪我のことも佐藤さんのことも詳しくはわからず仕舞だったなー」
いくらなんでも直球すぎたかと思ったが、終始その場にいたアンナちゃんからはダメ出しがされなかったところをみるとこれがその時はベストの選択だったと思われる。
探りを入れるのは他の人にいくらでもできること、彼女ようなタイプの人物には直接聞くのが手っ取り早い。
一緒にお風呂に入ることで進展したのは私たちと彼女が大分打ち解け「千鶴ちゃん」「名前さん」と名前で呼ぶようになったことくらいか。
「サトウって、確か下の名前、レイって言ってたわよね」
部屋に戻った後何かを考えるように無言だったアンナちゃんは、私の独り言を華麗にスルーしぽつりとつぶやいた。
「うん。千鶴ちゃんがそう言ってたけど。聞き覚えある?」
「何処かできいたことあるのよね、その名前…」
どこだったかしらと再び悩みだしたアンナちゃんにがんばれーとエールを送ると邪魔をするなと枕を投げつけられた。理不尽だ。
「ま、アンナちゃんがすぐにピンってこないってことは本当に何もない普通の子なのかもしれないね」
あんまり考えると禿げちゃうから寝よう寝ようーと、私は布団にもぐり、そしてまたアンナちゃんから「禿げるって何よ」と理不尽な攻撃を受けるのだった。
言葉のあやなのに!
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