19
部活動に戻った私を待っていたのは、活動中の真剣な雰囲気、ではなく楽器の音どころか物音一つしないしんと静まりかえった空気だった。
「なにこれ、お通夜?」
「あっ!先輩!みんな、名前先輩戻ってきたよー!」
「ぜんばいぃっ…!もうもどってごないがどおもいまじたぁ!」
これは一体何事なのだろうか。
全くもって事態がのみこめず群がる後輩を宥めながらこの場を監督しているはずの凪の姿を探すと、へらりとした顔をこちらに向けた奴と目があった。
「わりぃ、名前が剣道部に行くこと話したらこうなちゃって」
今頃剣道部の先生に囲まれてるかもって言ったらこうなっちゃった、と悪びれる様子もない凪をとりあえず一発殴りたいと思った。
どうやら凪からは剣道部と吹奏楽部の行動が共になることを伝えていなかったらしく(私の帰りを待っていたというが質問攻めにされるのが面倒だったに違いない)、仕方がなく私の口からそれを伝えると、案の定部員(ただし女子限定)は色めき立った。
小林くんいるかな、とか佐々木くんはそういえば来るって話きいたよとか、1年生を中心に何とも女の子らしい華やかな雰囲気の会話がなされている。
その横で私とアンナちゃんはその光景を不思議そうに眺めていた。
「そんなに素敵な人いっぱいいるの、剣道部。1年生には小林くんって子人気だね」
「…そうね…」
「2年生は佐々木くんって人?きいたことないけどかっこいいなら見たらわかるかなー」
「…そうね…」
「どうしたの、アンナちゃん?そりゃ剣道部と合同で面倒なこと増えるから嫌なのはわかるけど…」
釈然としていなさそうな顔をするアンナちゃんに首をかしげると、私を一瞥した後、彼女は深いため息をついた。
「あんたも大概センスがおかしいとは思ってたけど、この部活全体がそうだってこと、忘れてたわ」
誰だ小林ってと嘆く彼女に、その時私はアンナちゃんが知らないイケメンもまだまだこの学校にはいるんだということと、そんなアンナちゃんも吹奏楽部だけどねということのどちらを口に出すべきか迷った挙句、とりあえず「ま、私の一番は山本くんだけどね」と適当に返事をしたら尚更深くため息をつかれ心に軽くダメージを受けたのだった。
***
無事に午後の活動も終了し、夕食タイムに突入となろうとしていたが、その前に凪を紹介しておこうと雪村さんを探しに部屋の方へと足を向けた。
この時間は剣道部も活動を終え順次食堂に向かっているはず。部屋を出ていたとしても食堂から向かう私とどこかしらで鉢合うだろう。
本当は凪を連れてくる方が手っ取り早いのだが、女子部屋の方へ男子が来ることに抵抗がある子であるかもしれない。(ちなみに吹奏楽部の女子は凪に関しては随分と甘い気がする。これも役得か)
それにもう一つ確認したいことがあった。
もう一人のマネージャーの子だ。
隣部屋となるだけでなく同じ3年生として是非ともここは仲良くしておきたいものだ。
どういった経緯で臨時マネージャーになったかは特に興味はないが、土方先生の様子がどうも頭から離れない。
一度自分の目で見るに越したことはない。
そんなことを考えながら部屋へ続く廊下の角を曲がろうとすると、反対側から走ってきた人物と思いっきり衝突し、尻もちをついてしまった。
「…ごめんなさい、大丈夫?」
相手も同じように尻もちをついてしまい二人揃って痛みに悶えるはめになったが、気持ち早めに立ち直った私はなんとか目の前の人物に声をかける。
女子部屋の方から走ってきたのだから当然女の子ではあるのだが、その顔は生憎見たことのない人だった。
「…」
声をかけたはいいが私の顔を凝視しながらも言葉を一切発しない彼女に、些かの恐怖を感じる。何故こんなに見つめられているんだ私。もう一度「何処か痛いところでも…?」と手を差しのべ問いかけると、彼女はその手をぱんっと思い切り払いのけ、私が歩いてきた方向へむかって走り去ってしまった。
…なんだったのだろうか、今のは。
払いのけられた手を見つめながら、よっぽどぶつかったことに腹を立てたのかと彼女に申し訳なくなってしまう。確かに痛かったよな、今の。
中々の美少女だったため出会い方が違えばよろしくしたかったものである。
肩を落として再度足を進めようとすると、「名字さん?」という可愛らしい声とともに、雪村さんの姿がみえた。どうやら私の予想通り食堂へ向かうところのようだ。
丁度良かったと事情を説明し、一緒に食堂へ向かうことを承諾してもらい、私も来た道を引き返すことにした。
「あの、名字さん」
「なあに?」
道中、心なしか落ち着かない様子の雪村さんを不思議に思いながらも会話をしていると、辺りを軽く見回し、雪村さんは意を決したように口を開いた。
「佐藤さんに、お会いしませんでしたか?」
サトウさんって…どのサトウさん?と一瞬ぼけようかとも思ったが、彼女のただならぬ雰囲気にとてもじゃないがそんなことは言えず、慎重に確認をとることにした。
「サトウさんって、雪村さんと同じ剣道部のマネージャーの佐藤さん?」
十中八九そうだろうという予想通り、彼女はこくりと頷き、再びもうお会いしましたかと尋ねてきた。
残念ながら私はその「佐藤さん」の容貌を知らないため、会っていたとしてもそうだと断定はできないが、先程一人だけそうではないかという人物に遭遇していたことを思い出す。
その特徴を雪村さんに話せば、その方ですと俯き、何か言われませんでしたかと問いかけられる。
何かどころか何も言われなかったというと、彼女はその返答に満足したのか、先程までの重苦しい空気は若干軽減された。
佐藤さんと雪村さんの間には何かあるのだろうかと想像せずにはいられない様子に、本日何度目かわからない土方先生の様子が脳内に浮かび上がる。
これは関わらなければいけない展開だろうか。ここまで来たら見なかったふりできないよな…。いや、どうにか矛先を別の方向に…などと激しく頭を(現実逃避の方向へ)回転させていると「あの」と又もや声がかかる。
「今私が尋ねたこと、誰にも言わないでください」
お願いしますっ、と頭を下げられた私は、無関係の振りなんてもう遅い、これはすでに巻き込まれていると心の中で涙を流したのだった。
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