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先生たちと改めて自己紹介した後、剣道部側の生徒も紹介しておくと土方先生に連れられ向かう先は、合宿施設の中でも心なしか離れた場所にある総合屋内競技場。
剣道部は到着早々早速練習の指示が出されているようで、向かう先からは剣道特有のかけ声がきこえてくる。
入口近くで少し待つようにいわれ、そのまま先生は道場内へと入っていく。
この辺りは背の高い木に覆われ影になっており、その下に位置する競技場は直接日にあたらないため涼しそうだ。
只でさえ暑い季節に暑苦しい防具を着用しなければならない彼らにとって、この環境は活動に打ち込むことにうってつけだろう。
一方の私たち吹奏楽部は常に屋内のため、そういう意味では活動しやすさも何もないのが残念である。(まぁ活動場所を多くとれるだけでもいつもと変わって新鮮だ)
土方先生によると、剣道部の合宿は参加が任意のようで普段よりも人数が少ないらしい。
部長は今回は不参加のようなのでキャプテンとマネージャーを紹介すると言われたが、練習中にわざわざ時間をとってもらうのは何とも心苦しい。(私も実は練習中ではあるのだが、こちらから頼んだ以上時間を割くのはやむを得ない)
そういえば剣道部は斎藤くんと山崎少年、そして数には入れたくないが沖田総司と今年になって知り合いが増えた気がする。
一番最後の人は論外であるが、せめて斎藤くんだけでも今回の合宿に参加していてくれたら私もやりやすい。
土方先生に1から10まで吹奏楽部のことを報告するのは私の神経がすり減りそうだし、かといって全く見知らぬキャプテンとマネージャーの子に声をかけるのも気が引ける。(だから今から先生が紹介してくれるわけではあるが)
そんなことをぼんやり考えていると中から生徒二人を引き連れた先生が出てきた。
「…キャプテンってやっぱり実力のある人がつきますよね」
「?」
「いえ、こっちの話です」
私の目の前に立つのは大変可愛らしい女の子と見慣れた姿。
そうだった。彼は剣道部2強、なんて巷で噂の人物だった。
「名字、よろしく頼む」
「うん、こちらこそご迷惑おかけしますがよろしくね、斎藤くん」
ここにいない部長さんには申し訳ないがこの時ばかりはよかったと胸をなでおろしてしまった。
斎藤くんなら安心してこちらのことを伝えられるし、頼りになる。
もう一人は、と紹介されたのはマネージャーの雪村千鶴ちゃん。どうも見たことがある気がすると思えば、1年生でかわいいと評判の美少女だ。
センスが(個人的に)今いちな薄桜高校の中でも群を抜いてそれを疑うものの一つ、ピンク色のジャージという中学生でも着るのをためらうようなものを可憐に着こなしている様は感動ものだ。このジャージは雪村さんのためにつくられたのではないだろうか。
写真をとって可愛いもの好きの凪にも見せてあげたいと思うが生憎カメラは部屋にある鞄の中。それにどうせ後で凪も会うだろうな。
自己紹介ついでに簡単に今日のスケジュールを4人で確認していると、斎藤くんがふと疑問に思ったのか、私に尋ねてきた。
「今は吹奏楽部も活動中だったと思うが…、部長である名字が抜けていて大丈夫なのか?」
「んー、今は凪が見てくれてるから大丈夫。あ、凪っていうのは副部長ね、雪村さん。後で紹介するよ」
凪は私に感謝するがいい。
「はいっ。…あの、副部長さんが部活をみてらっしゃるんですか?」
その言葉に、確かにと斎藤くんも雪村さん同様首をかしげる。
「そっか、剣道部は先生方がきちんと指導もしてますもんね」
ちらりと視線を土方先生に送ると「OBでもあるからな」と返ってくる。
…先生の高校時代を想像しようと試みたが今の鬼のような姿しか思い描けないため、早々にやめた。
吹奏楽部の場合は顧問はあくまで顧問で、実際の指導はOBOGが行っている。(そのため伊東先生が学校へ戻っても支障がないのだ)
合宿での指導に関しても例外ではないが、先輩方に頼むのはあくまで楽器別での指導中心。
全体であわせるときは、普段から部活での音を聞いている生徒自身が指示を出し、それを先輩や伊東先生に聞いてもらいアドバイスをもらう。
要は自主性を重んじる、ということなのだろう。(こういうと聞こえはいいが先輩たちは総じて辛口なので無言の圧力が怖ろしい)
生徒だけで活動する場合は、部長である私と副部長である凪を中心に、各楽器のリーダー、つまりパートリーダーが指揮をとるのだ。
そのように説明する二人とも納得してくれたようだった。
…しかし実のところ、私は指揮をとるのが大の苦手なのでこういったことは普段から凪にまかせっきりである。
何で私部長になったんだろ、本当に。
今回は合宿ということで、生徒の生活面での監督も必要な以上、男子は凪、女子は私が中心となり指揮をとることが決まっていた。
今日の流れについては後で戻った時に凪に伝えることにしよう。
***
大方話が終わると、剣道部もまだしばらくは活動時間とのことだったので、これからの行動を部員に説明しようと、私は部活に戻ることにした。
伊東先生が帰ったあとの不安は大きいが、斎藤くんという心強い存在がいるとわかっただけでも収穫であるし、雪村さんも1年生とはいえしっかりしていて、その上大変感じのよい子だった。
単に可愛らしいだけでなく、きっと性格もあわさって1年生の中でも人気があるのだろう。
「名字、」
宿泊所の方に用があると一緒に歩いていた土方先生が急に立ち止まる。
何事かと身体を向けると、まさに(私の脳内で)噂のその人、「雪村のことなんだが」と話を切り出された。
曰く、今回の合宿で剣道部の女子は二人、マネージャーだけだそうで、泊まる場所も私の部屋の隣、つまり吹奏楽部員と同じ場所になるらしかった。
しっかりしているとはいえ今回の合宿が初めての雪村さん。
生活面では慣れないことも多いだろうから気にかけてほしいとのことだった。
「でも、もう一人マネージャーの子いるんですよね?しかも3年生の」
3年生なら知っているかもと名前を問うも生憎知らない子だったが、同室なのだし頼むとしたらそちらだろう。
けれどもどうやらその子は合宿だけの臨時マネージャーなるものらしく、マネージャーの仕事自体今回が初めてで、それどころではなさそうらしい。
できれば二人まとめて見てくれと言われ、首を横に振るわけにはいらない。
それなら仕方がないですねと承諾するも、土方先生がそのことを私に、個人的に頼むのはどうも妙な気がする。
そこで思い出したのは、先程雪村さんと話しているときに目に留まったもの。
「…」
土方先生の言葉は、彼女の手首に巻かれた包帯と関係あるのだろうか。
私はこの時、少しだけ厄介な予感がしたことを、なかったことにしてしまった。
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