16
「さ、斎藤くん、そんな迷惑だなんて(面倒だとは思ったけど)思ってないからお気になさらず…」
()部分は表面に出さないよう取り繕ったような笑顔でいえば、斎藤くんは若干暗い表情ながらもほっとしたようだった。
何故そんなことを言ったのか気にはなるが、それよりも更に気になるのは「何故私を推薦したのか」ということだ。
おそらく彼もわざわざ私に言ったということはその辺の経緯を教えてくれるためであろう。
しかし先日のアンナちゃんや凪の話から、対沖田要員という理由があがっている。
それを推薦したのが斎藤くんだったということに衝撃を隠せないが、彼も彼なりにあの問題児をどうにかしようと考えた結果なのかもしれない。
そう、貧乏くじを引いただけなのだ、私は。
色々と聞きたいことはあったが過ぎたことをあれこれ掘り返すのも、と斎藤くんに一先ず流れを委ねようとした矢先、もう少しでたどり着くところだった職員室から出てきた人物に声をかけられる。
「斎藤、名字。そこで話すのもなんだろう。こっちで話せ」
「…土方先生」
当然ながら、この人も思うところがあって私をTAにしたのだろうと、今更ながらに思い知らされた。
***
案内されるのは2回目の会議室。
しかしそこでの配置は前回と異なり土方先生の隣に斎藤くんで、なんだか本当に風紀委員に怒られる図のようになっている気がする。
「土方さん、お茶菓子あるけど出すかー?」
「あ?あー…」
いるか?と土方先生に視線を向けられるも、そんなもの喉に通りそうな雰囲気でもなさそうなの首を横に振る。
「なんだよ遠慮することないって。名字さん、大変だっただろ」
土方先生に声をかけた永倉先生は、今度は私に直接話しかけてくる。
…先生、私の名前知ってたのか。というか、この様子だと古典の補習の様子は筒抜けらしい。
私の返事もきかず、結局永倉先生はどこからかお菓子をとりだし3人の前においた。丁寧にお茶までつけて。
(仮にも風紀委員の顧問と委員長がこんなことでいいのかということが一瞬頭を過ったが気にしない方向で)
いざ目の前にお菓子が出されると、以外に私の神経は図太かったのか自然と手が伸びてしまう。
そもそも私からすればここにこんな形で座らせられているのは不本意なので、こうなったらなるようになれとクッキーを齧りながら二人の話をきくことにした。
「…で、名字はもう何で今回TAになったかわかってるんだろ」
土方先生が向ける言葉と視線は、私がどうして今回に限ってTAになったのかを理解していること前提のものだった。
「まぁ、大体はわかってるつもりです」と視線を返す。
そういえば、こうやってきちんと土方先生と視線を合わせて話すのは1年生の時以来だ。
「名字が今回のTAに乗り気じゃないことも、総司とそりが合わないこともわかっていた上で、俺は名字をTAに選んだ」
「はぁ」
「斎藤が推薦するまで迷ってたんだが、今回は頼んでよかったと思ってる。嫌な仕事もきちんとやってくれて、ありがとな」
「…い、いえ…」
正直、面喰ってしまった。
元々このように感謝の気持ちを率直に述べるような先生だと思っていなかったし、またそう思われるようなことをしたこともなかった。
ましてTAの仕事はいくら個人的な私情をはさんだとしても、生徒としての義務である。
私としては至極当たり前のこと(気持ちいつもよりは適当だった感が否めないが)をしただけなので、このように改まって言われると…。
「お、土方さんがめっずらしー。あれ、名字さん顔赤いけど」
永倉先生、まだいたんですか。
「先生、まだ補習は終わってないのでお礼を言われるにしても早い気がするんですけれど」
私は思いがけない言葉に、照れて赤くなってしまったであろう顔を慌ててお茶を飲んでごまかし尋ねた。
「それもそうだな…けど斎藤も言ったように、明日は補習が終わったらすぐに部活が始まるからな。
それに、きちんとお礼を言っておきたいっつたのは、斎藤だ」
「…そうなんだ?」
斎藤くんは少しだけ目を見開いた後、視線を横にそらし「あぁ」とつぶやいた。(その一連の行動が個人的につぼだった)
きっと斎藤くんは私を推薦したことに責任を感じたに違いない。
いらぬ気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだが、斎藤くんの力に少しでもなれていたのだったらよかったと、単純に思った。
「なんだかんだで、この補習期間一番苦労するのは斎藤だったもんな」
確かにTAの片方が動いてくれなければ自然ともう片方にしわ寄せが来る。
準備も含めて地味に忙しいTAの仕事を一人でこなすのは、大変な労力が必要だっただろう。
それを思うと沖田への憎らしさは倍増である。
少しからかうような永倉先生を眉間にしわを寄せて一瞥した後、斎藤くんも土方先生同様感謝の言葉を口にした。
「名字がTAでよかった。ありがとう」
それは補習中に沖田からも言われたものと同じだったけれど、その時よりも格段に私の心に沁み入り、こそばゆい気持ちにさせるものだった。
「…こちらこそ、こういう機会をくれて、ありがとう」
二度目はやりたくないなとつい先ほどまで思っていたのに、ほんの少しだけ、もう一度やってもいいかなと思ったのは、面倒くさがりの私にとっては珍しいことに違いない。
***
「あ、名前ちゃん」
無事に最終日の補習も終わり、終了試験が終わるや否や次々と教室を飛び出していく生徒たち。
土方先生からは答案用紙を回収し終えたらそのまま解散していいと言われていたため、私も先生と斎藤くんに一言挨拶をし、早々に立ち去ろうとしていた。
そんな中私を呼び止めたのは、いつの間にか私を下の名前で呼ぶことがすっかり定着してしまった沖田総司その人。
昨日の放課後に土方先生と斎藤くんの言葉がなければ私は今日も彼にとげとげしい態度をとっていたに違いなく、今もこの数日間で身につけた対沖田用スルースキルを発動させるか迷ったものの、この人とも今日限りの付き合いだと渋々ふり返る。
てっきりまた不要な絡み方をされるかと思えば、彼は笑顔で一言だけを残し私を置いて教室を立ち去った。
「また、ね」
「…?」
「また」なんて訪れることはないだろうと深く考えなかったのは、この後の部活のことで頭がいっぱいだったからだと言い訳したい。
この言葉の意味を知ることになるのは、夏休みが始まって直後のことだった。
prev /
next