君から広がる世界 | ナノ

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補習も残り2回となったその日、私は相も変わらず補習のテロリストと闘い続けていた。




「名前ちゃーん、ここわからないんだけどー」(本日5回目)

「土方先生、どうやらこの部分がわからない生徒が多いみたいですのでもう一度説明してください。一から十まできっちり」



「ねぇねぇやっぱりわからないところがあるから、今日の補習が終わった後教えてくれない?」(本日で4回目)

「斎藤くん、沖田……くんが勉強教えてほしいみたいだよ。マンツーマンで。毎日大変だねー(棒読み)」







「…名字、今日もご苦労だったな」


沖田の相手をしているだけで終わる補習に、さすがに土方先生も同情の念が隠せないのか、補習前と比べて大分あたりが柔らかくなった気がする。いや、正確に言うと先生も疲れているのかいつもの覇気がないようだ。
正直私は斎藤くんと土方先生に流してしまっているのでそこまで疲れておらず(溜まるのはストレスである)、疲労的には二人の方が上な気が否めない。

ごめん、斎藤くん。土方先生には謝らないけど。


***


ここ数日で恒例となった斎藤くんと二人で最後の最後に補習で使う教材の用意。
明日でこの補習期間も終わり、それが終わればようやく待ちに待った夏休み。
そうなればこのかつてないストレスに見舞われる日々も終了である。

沖田についてもそうだが、補習のメンツが男子ばかりというのも以外に負荷がかかるものだということを知ったのは補習が始まってから。
冷房完備とはいえ、男子ばかりが集まる教室は暑苦しいと形容する以外に他なく、授業が始まる前と終わった後のテンションは「これが男子校ののりなのか」と思うような代物だ。
加えて元来男子生徒に知り合いの多くない私にとっては、見知らぬ人ばかりの教室は完全アウェーのように感じられた。(こんな時に我がクラスの男子生徒の頭の良さを思い知らされるとは)
にも関わらず補習中はそんなことを私が感じているなんてことはお構いなしに沖田以外からも質問の嵐。
一体どうして古典の授業でこんなに質問が出るのか誰か教えてほしい。

その中で唯一の私の癒しとなっているのは言うまでもなく斎藤くんで。

顔見知りがいるだけでも心強い上に、この暑さの中汗一つかかず佇む斎藤くんの周囲は室内温度より2,3度低いのではないかと思うほどだ。
そんなわけで、ここ数日で私はすっかり斎藤くんの癒しオーラに心地よさを感じてしまっていたのだった。


「名字、こちらは用意が出来た。それが準備できたら今日は終わりだ」

「わかった。先生には私が持っていこうか?いつも斎藤くんにやってもらってばっかりで悪いし」


分担して用意していた資料をまとめると、この後は土方先生に資料を持っていく作業が待っている。
今までは、斎藤くんが一人で平気だからとその言葉に甘えてしまっていたが、さすがに最後くらいは手伝うべきであろう。
土方先生の目も以前ほどは気にならなくなったし。
むしろ自分の授業態度よりひどい人間をみたら途端に自分を客観視できるようになった気がする。
いや、比べちゃいけないな、あれは。
以前より土方先生を好意的に見られるようになったのは成長した証だと思いこみたい。


「…では半分お願いしてもいいだろうか」


そんなに大した量ではないが、斎藤くんはそういうと半分だけ教材を抱え、資料室の扉を開けてくれた。

これは一緒に運ぶというサインだろうか。

私一人でも持っていける量ではあるが、ここまでしてくれたのだし大した距離ではないから一緒に持っていくか。




二人並んで廊下を進む。

この数日間の補習を通じて、私もそうだが斎藤くんも大分お互いに話しかけるようになった。(まぁ仕事に関することばかりではあるが)
たいした会話がなくとも慣れてしまうと初日の居心地の悪さがないのが不思議なもので、斎藤くんも特段そのことを気にしている様子がないのが幸いである。
補習が始まるまでは一刻も早く離れたくて仕方がなかったが、今はそれもなく、ちょっとくらい雑談してもいいのではないかという気になってくる。

しかし今回ばかりは残念なことに、補習が終われば夏休み。
その間に、お互いほんの僅かに近づいた距離もあっという間に元通りになることであろう。
あ、そういえば斎藤くんが持ってた本、あれまだ駅前の本屋に売ってるかな…それくらい聞いておこうかな。


「名字は、夏休みは何処かに出かけたりするのか?」

「…うん?あ、夏休み?」


斎藤くんに今のうちに聞いておきたいリストを脳内でまとめていると、突然に斎藤くんに夏休みの予定を尋ねられた。
これはあれだろうか、今の今まで私が考えていた雑談というものだろうか。


「夏休みは特にどこにも行かないかなー。友達とちょっと遊びに行ったりはするかもしれないけど、基本部活三昧だよ」

補習が終われば早速始まる部活漬けの日々。しかしそれは剣道部も同じことであろう。
斎藤くんは?と尋ねれば、想像通り「同じだ」という返事が返ってくる。


「剣道部は明日の補習後から早速練習の予定だ」

「そっか、暑い中お疲れさまだねー」

「おそらく明日はすぐに道場に行かねばならないから、こうやって名字と話せるのも今しかないだろう」

「…うん?」


ぴたりと斎藤くんは足を止め、私に身体を向ける。
唐突に醸し出される畏まった雰囲気に私はたじろぎながらも、同じように彼へと向き直り、何事かとびくびくしていた。

そんな私の様子に気付いたのか、「すまない、大した話ではないんだが」と始める斎藤くん。

しかし、大した話ではないと言いながら発せられた彼の言葉を、私は思わず聞き返してしまうこととなった。




「今回の補習、名字をTAに推薦したのは、俺だ」



「…え?」






色々と迷惑をかけてすまなかったと少し視線を落とす斎藤くんに、思うことは一つ。


何故、今、それをカミングアウトするんだろうか。
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