君から広がる世界 | ナノ

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「ねぇ名前ちゃん、僕ちっとも古典の点数があがらないんだけど、なんでだと思う?」

「…さぁ?」

「僕が思うにね、先生に原因があるんじゃないかって思うんだ。ほら、誰に教わるかって大事じゃない」

「…土方先生の教え方はとても丁寧でわかりやすいことで評判だと伺っていますが」

「何か全然土方さんの授業受けてないような言い方だねぇ。そっか、名前ちゃんは元々古典得意だから教わらなくても平気なのかな」

「…決してそんなことはありませんが」

「だって凪くんが言ってたよ。『名前は昔から無駄に古典が得意だ』って。そうそう、名前ちゃんって凪くんの友達だったんだね」

「…そうですが何か」

「ううん、もっと早くに知ってたら良かったのになって思って」

「…(私は一生知ってほしくなかったよ)」


てか気安く名前で呼ぶなと軽く視線を送るも、くえない表情で見事に受け流す。
一体どうしてこんな事態になったんだと頭を抱えたくなるような状況にさらに追い打ちをかける一言が。


「僕、今回の古典のTAが名前ちゃんでよかった」


だって土方さんも一くんの教え方も退屈なんだもん、と笑顔で言ったその言葉は二人の耳に入ったに違いない。

その証拠に、私のため息とあわせて二人分のため息が聞こえたのは気のせいではない。


***


その日の朝、登校した私と斎藤くんに手渡された補習の分担表を見たときの私の顔は、土方先生もびっくりの不機嫌さ全開だったらしい。(何故か風の噂で聞いたと凪から言われた。一体どこからどのように巡り巡ったのかは定かではない)

二人に振り分けられた生徒の名簿を見たとき思ったことは二つ。

こいつ、頭良くなかったっけ?ということと、斎藤くんが毎回面倒見てるんじゃなかったっけ?ということ。


沖田総司。


どうして私がこの人のTAになっているのだろうか。


***


「え、名前沖田のTAだったの?うわーそれ大変そーがんばれー」

「あーあいつ補習のテロリストって言われてるもんね。ご愁傷様」



「凪、全然感情こもってない応援されても嬉しくない。大変そうだと思うなら代わって。そしてアンナちゃん、補習のテロリストって一体何ですか」


誰だそんな何とか病のような異名つけた人は。


補習初日に遭遇した出来事にいてもたってもいられなくなった私は終わるや否や速攻で教室を飛び出し、同じく他の教科のTAをしていた凪と別の用事で登校していたアンナちゃんに会うや否や、まくしたてるようにわが身に降りかかったことを話したのだった。


「俺もきいたことある、補習のテロリスト。沖田に聞いたら『僕はそんなつもりないから、土方先生の技量が足りないんじゃない?』って飄々としてた」

「何、あの人土方先生のこと嫌いなの?」

「よかったわね名前。同胞じゃない」

「いやいやアンナちゃん、私嫌いなわけじゃないからね。周囲の女の子が先生を想うほど好きじゃないっていうか関心がないだけだからね」



話が大きく反れる前に本題に戻さなくてはと再度沖田の異名について問うと、アンナちゃんも詳しいことは知らないらしいが粗方の噂は教えてくれた。

どうやら土方先生の補習は毎度毎度TAの子が最終日までもたなくなる事態が発生するらしい。沖田総司が主な原因で。




土方先生の補習は驚くぐらい女子が少ない。
昨今の世ではどこでも女性の方が優秀であると評判になることが多いため、補習に占める男子生徒の割合が多いのは頷けるが(そして薄桜高校自体男子生徒の方が女子生徒より多い)、それにしても、少ない。

このことには理由があるらしく、それは至極単純で、要は学年中の古典を選択している女子生徒は9割方土方先生に褒められたくて頑張っているのだ。

土方先生はそれこそ眉間のしわのせいでいい男が台無しだが、指導者としては頭一つ分他の先生を抜けているとは思う。
普段は鬼のように怖いが、きちんとわからない部分を努力し理解した生徒に対しては、しっかりと褒めることを忘れない。
それは男子女子関係ないため、実は地味に男子生徒にも人気があるのだが、女子生徒のそれとは到底比較できないだろう。

とどのつまり、今古典を選択している女子生徒は土方先生に褒められたくて(もちろん怒られたくもないだろうが)必死に勉強しているため、全体的にレベルが高いのだった。
そんな努力を怠らない彼女たちが補習の対象になんてなるはずがない。

個人的には、そんなに好きなら少人数な上直接指導もガンガン受けられる補習授業は彼女たちにとって魅力的な環境なのではないかと思ったが、

「土方先生のこと好きな子たちってプライド高そうよね。好きだからって補習受けてまで見てもらうよりは、多分TAにでもなってできる自分アピールするわよ」

というのがアンナちゃんの見解である。(そして大正解な見解であった。)

ご察しの通り大変女子生徒の倍率の高い古典TA枠。(土方先生の方針で古典は男子女子一人ずつ)
男子はいつも成績がいいのは決まって斎藤くんのため問題ないが、女子生徒のTA争いは熾烈極まるものとなっている、らしい。
授業中余所見ばかりの私と違い、彼女たちは授業態度も非常によろしく、結局のところテストの成績がそのままTAになれるかどうかに反映しているのだった。

そんなわけで、古典のTA(女子)は並々ならぬ激戦を勝ち抜いた者ということになる。


「恋する女子はすげーなー。でも折角そこまで頑張ったのに後のもうひと踏ん張りが難しいわけだ」

「踏ん張るっていうか、そりゃその子たちはそこがゴールだと思うでしょ。実際頑張ってきたんだし。でも相手が悪いんだよ相手が」

「まさか土方先生が好きっていう理由だけで敵とみなされるなんて夢にも思わないでしょうね」


土方先生が面倒みる剣道部、しかも男子に。




補習のテロリスト沖田総司。彼はどうやら、古典の補習TAになった女の子に(彼流の)意地悪をするという困った趣味を持っているようだ。


凪の考えでは彼の思考回路はえらく単純、自分の嫌いな人を好きな人は自分の敵、これに尽きるらしい。

どうも沖田は土方先生を困らせるのが何よりの楽しみ(by凪)のようで、普段から古典の授業を真面目に受けず補習対象になる。
その補習には自分が嫌いな土方先生のことが大好きな女子生徒がいるわけで。
しかもその子に勉強を見てもらうということが、沖田にとっては面白くないらしい。

はじめはまだ担当制ではなかったため、つまづく生徒が入れば男女どちらか手の空いているTAが教えることになっていたのだが、何故か沖田は女子生徒ばかりを指名。(このころからすでに男子のTAは斎藤くんだったようだ)
残念なことにあの沖田も学内では指折りの人気のある生徒に含まれるそうで。
そんな彼に勉強を教える機会を与えられ、悪い気はしないのが一般の女子生徒の反応だろう。

教えてというから、始めは丁寧に教えるのだが沖田はすぐに「自分でできるからもういいや」とTAの子をほおってしまう。
しかし暫くするとまた「教えて」と声をかけてはそれを繰り返す。
途中土方先生と斎藤くんから注意されるが、そんなことで折れないのは彼のことをたいして知らない私でも想像がつく。
何度かそんなことが続くと聡い人なら気付くであろう。「私は嫌われてるのではないか」ということに。

そうなればもう沖田の思う壺。

補習が終わるころにはTAの女の子はすっかり自信喪失してしまうのだった。



「私も驚きの性格の悪さなんですけど」

というよりもお前は小学生かと言ってやりたい。(言えませんけど)

「多分本人は軽ーいイタズラのつもりなんだろうけど、された方にしてみたらたまったもんじゃないよな」


私は今まで犠牲となった女の子たちの気持ちを察すると同時にようやく自分がTAになった理由を悟った。



「対沖田要員、か…」

「名前の土方先生嫌いって部活のなかでは有名だったけど、まさか先生本人が認めるなんてね」

「いやいやだから嫌いじゃないんだってばアンナさん」

「きっと沖田はお前のこと仲間とみなしたんだな!」

「全然そんなの嬉しくない」




机につっぷし嘆く私にかかる言葉に更に打ちひしがれながら私は土方先生への恨めしさを募らせるのだった。







ちなみに何故こんな性格の悪い沖田が人気なのかは(私が今決めた)薄桜高校七不思議の一つであることをつけくわえておこうと思う。




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補足と念のための弁解:
TAを担当制にしたのは沖田が女子生徒に絡むのが原因ですが、担当制にして斎藤くんが沖田のことを見ることになってからも、斎藤くんが対応中なのを狙って同じことを繰り返していました。なので土方先生も斎藤くんも頭を悩ませ…てな感じです。
いじめっ子沖田の上に扱いがひどくてすみません。沖田のこと大好きですので!あ、もちろん土方さんも!



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