君から広がる世界 | ナノ

 13

よくよく考えれば(いや、そんなに考えなくとも)土方先生は相当なスパルタ教師だ。

いくら(私は置いておいて)斎藤くんが優秀だとしても、たった3日(実質作業時間は2日しかないが)で5日分の問題を考えろだなんて。

久しぶりに古典の文法書を引きずり出した私は、軽く土方先生への悪態をつきながらなんとか問題を作り上げた。
あとは斎藤くんに確認してもらって、一先ず初日の分の印刷をしなければ。


斎藤くんと打ち合わせ予定の空き教室でペラペラと自分が作った課題を確認していると、話声が聞こえてきた。
こちらへ向かっているようだが、片方はどうやら斎藤くんのようである。




「ねぇ一くん。また今回も一くんが古典のTAなの?」

「掲示板を見てないのか、総司」

「だってあんなのみたって面白くないじゃない。どうせ僕が古典の補習なんてわかりきってることだし。で、またもう片方は女の子ってパターン?」

「…あぁ」

「ふーん。土方さんも懲りないなぁ」

こ、この声はいつぞやの沖田総司…!
先日の1件以来関わりはないとはいえ、私の心に刻まれた彼への苦手意識は健在である。

「では総司、また後で」

「あ、ここの教室なの?どれどれ今回のTAの子はっと……なんだ、まだ来てないのかな」

「そのようだな。どうせすぐにわかるんだ。気にする必要もないだろう」

「うん。まぁ誰が何と言おうと僕のこと教えるのは一くんだしね」


じゃあねーという声とともに彼の足音が遠ざかる。

ほっと息をつくとともにきこえてきたのは斎藤くんの声。




「…名字、なんでそんなところに隠れているんだ」



呆れたような色が混じっているのは気のせいではないだろう。

私だって小学生ならまだしも高校生にもなった女子生徒がこんなところから出てきたら失笑ものである。

「あ、気付いてたんだ―」という白々しい言葉とともにガタガタと音を立て、私は掃除用具入れの扉をあけた。

埃臭いと思ったら負けだ。



斎藤くんは持ち前のスルースキルで見事に掃除用具入れから登場した理由に一切触れず、何事もなかったかのように道具を広げ始めた。
…大丈夫かな、私、頭がおかしい子認定されてないかな。
沖田総司に会いたくないからといって咄嗟に隠れられそうな所に飛び込んでしまった数分前の己の判断を悔やむも事実は変わらない。
私はがっくりと肩を落とし、斎藤くんと同じように自分が用意した道具を再度広げた。


***


お互いが作成した資料を交換し、ミスや問題レベルの差異がないか確認をしていく。

斎藤くんの担当分は読解中心なのだが、選んだ随筆や物語の箇所が私好みでついつい頭の中で解答を考えながら目を通してしまう。

それにしても問題の構成の仕方といい選び方といい、端々に土方先生の影響が感じられるのは気のせいだろうか。
古典の教師でも目指してるのかな。
うんうん、斎藤くんならむやみに怒鳴らないしきっと良い教師になれるよ。でも厳しそうだな、居眠りには。

脳内で教員になった斎藤くん像を膨らませていると、斎藤くんは私が作成した分を見終わったようで、プリントを整理しだした。
危ない危ない、思考が完全に違う方向に行くところだった。




「…名字は、総司についてどう思う?」


残りの問題を慌てて追っていると、ぽつりと斎藤くんが言葉を零した。

これは先程の掃除用具入れの件に触れてくれようとしているのだろうか。
(おそらく彼には私が沖田が理由で隠れたことがばればれなのであろう)

しかし「どう思う?」という質問は些かおかしい気がする。いや、おかしい。

はっ、もしかして斎藤くんは自分の友人が本人のことをよくも知らない一介のクラスメイトに邪険にされたのではと心配しているのだろうか。
確かに自分の仲の良い友人が理由もなく(私の場合は大いに理由はあるが)人に避けられていると知ったら良くは思わないに違いない。

なんて友達思いの男なんだと感心したいのは山々だが、真意が計りかねるため回答に困ってしまう。


「どうって…私あんまり沖田くんのこと知らないんだよね」

強いて言うならちょっと苦手だけど、この間の一件以来、と正直に答えてみた。
とてもじゃないが「好きだ」とは言えそうにない。


「…そうなのか?」

「え?あ、友達のことそういう風に言われるの気分良くないよね。ごめん」

「いや、こちらこそ妙な尋ね方をしてすまない」

あれ、何だか斎藤くんが意図していたこととずれた回答になってしまったようだ。
お互い謝り妙な空気になってしまったが、もうこの件についてはいいのか「では資料に問題がなければ印刷してしまおう」と今の話題を終了してしまった。


斎藤くん、知れば知るほど不思議くんだな。



***


その後問題なく印刷し終えた私たちは、土方先生にプリントを渡し翌々日からの補習に臨むこととなった。
それにしても資料を手渡した時の先生の目が「え、本当にお前もやったのか?」的な視線だった気がするのは過度な被害妄想だろうか。
斎藤くんの「名字も同じ分だけ問題を作成してくれました」というあたたかいフォローに思わず惚れそうになったよ。あ、比喩ですよ、比喩。


家に帰り寝転がりながら、帰り際に先生から渡された【補習の流れ】と題されたプリントに目を通す。(こういうところは親切だな、先生)

土方先生が持つ古典の補習クラスは人数的には丁度一クラス分、40人弱だ。
1日90分という授業時間の前半50分で授業の復習をし、20分は確認テストの時間にあてられる。
そして残りの20分が自習という名の復習タイムだ。

私と斎藤くんの役割は最後の20分間での質問受付係。
古典は初めてなのでどうかわからないが、科目によってはあまり質問が出ず楽な場合もある。

古典では、私と斎藤くんで担当する生徒はそれぞれ定められているようで、名前自体は当日教えると言われていた。
(といってもおそらく座席順で前半後半で分担だと思うのだが)
担当生徒を決めても質問が多ければ手の空いている方が回答するためあまり意味がないように思うが、斎藤くん曰く「自分を担当してくれている人が決まっていたほうが質問もしやすいし、回数も重ねやすくなる」とのこと。
確かに一理あるなとその時は納得したが、古典TA歴丸2年の彼と私では対応に差がありすぎないか不安である。


あまり質問しない生徒にあたりますようにと祈るものの、土方先生厳しいから絶対ここぞとばかりに質問出るだろうなという考えは拭いきれない。

頑張れ私、補習が終われば楽しい夏休みだ!と己を鼓舞し、私は布団にもぐりこんだのだった。
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