12.5
「ふー…」
「失礼しました」という二人分の挨拶とともにしまった職員室の扉を一瞥し、自分の席へと腰かける。
途端に襲ってくるのは、疲労感。
昨晩は今日公表する成績順位の準備に追われていたし、その前の晩も採点のためろくに寝ていなかった。
そしてここにきての、彼女。
自分が思っていたより、疲労がどっと出てきたのが感じられた。
「土方さん、随分と疲れてんなー」
「今斎藤と一緒にいた子って、今回の古典のTAか?」
「…二人同時に話しかけんな」
少し低めの声で返せば「おぉ怖」「わりいわりい」と全く怖くもなさそうで悪びれてもいなさそうな二人分の声が返ってきた。
こいつら、そういえば会議室覗いてやがったな…暇なのか?
「また古典はTA代わったんだなー。斎藤はずっとだけどよ」
そういいながら俺の隣に座る左之は完全に暇を持て余しているようだった。
そして、更にその隣に座る新八も。
「斎藤と一緒ってことは3年かー。…今回は大丈夫なのか?」
そう笑いながらも少し声を落として聞いてくる左之に同じように頷く新八。
"何が"といわない辺り、こいつらにはすでに古典の補習時間の様子は筒抜けなのだろう。
「左之は女の子の方知らなかったけどよ、あの子って確か斎藤と同じクラスの子だよな。えーと…名前は…でてこないけど…」
「なんだよ、新八。さっきはあの子のこと「知ってる!」って自信満々だった癖に」
「そういう左之だってみたことあるなーっつてただろ。3年だったらお前直接は関係ないはずだろ」
「そうなんだよなー。それでさっきから気になってよ」
「「で、誰なんだあの子?」」
変なところで、いや、そうでなくても気が合う大人二人がそろえて声を出す。
こんなところで油を売ってる暇があったら夏休みの剣道部合宿のスケジュールでも立ててほしい。
…こいつらに任せたらそれはそれで大変だな。
「…名字だよ。名字名前」
俺の言葉にしばらく首をかしげていた二人は、お互いに視線を合わせたかと思うと、再び揃って声をあげる。
「「…あ」」
「わかったらさっさと仕事するか帰るかしろ。俺は近藤さんのとこに行かなきゃなんねぇから」
この話はこれで終わりだというように二人を蹴散らし机の周りを片付ける。
二人ももう俺がこれ以上会話を続ける気がないのを悟ったらしく、帰り仕度をはじめた。
「なるほどなーあの子が"名字"か」
「きちんと見たのははじめてかもしれねぇな」
「「土方さんの試験で唯一1位を取り続けてる生徒」」
「話には聞いてたけど、あれは土方さんのことが好きで勉強してるって感じじゃなかったなー」
「だって名字って言えば、伊東先生に懐いてるって有名な話だろ?そりゃ土方さんの天敵……ん?伊東先生のこと好きなら土方さんも好き、か?」
「どこかで見かけたことあると思ったらそれだな。伊東さんと一緒にいるとこ何回か見かけてるからだ」
「それは覚えるよなー」
耳に勝手に入ってくる会話を背に、これからの補習授業に頭を悩ませることになることをひしひしと感じていた。
正確に言うと「この夏」、だ。
何度目かわからない深い溜息を吐いて、俺は卓上のカレンダーを一枚めくった。
夏、本番だ。
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