君から広がる世界 | ナノ

 11

凪やアンナちゃんと別れた後教室へ戻った私を待っていたのは、担任の一言。


「名字、今回のTAだけどな、放課後は土方先生のとこへ行ってくれ。他の科目についてはわかってるだろうからいいってさ」

斎藤といい名字といいこのクラスは優秀な生徒がいて先生も鼻が高いなーと呑気に笑う担任のことを今日ほど恨めしく思ったことはない。
自分のことをあまり好意的に見ていない教師のアシスタントをしなければならない生徒の心境を考えてほしい。(もっとも先生は知るはずもないが)

そういえば、と斎藤くんは土方先生のことを異様に尊敬しているという風の噂を思い出す。

斎藤くんとはこの間の一件以降、すれ違えば会釈をするぐらいの仲にはなったが急速に距離が近づく、なんてことはなかった。
そもそも用事がなければ同じクラスだからといってお互い話しかけることはしない性格である。
斎藤くん観察は継続中ではあるが(これが意外に飽きない)、あの後発見した事実は斎藤くんが以外に天然思考だというぐらいだ。
考えれば補講期間が終われば夏休み、それが明けたら席替えをしてしまうであろう。
そうなれば観察を続けられるという保証もない。

これも何かの縁に違いない、今日の放課後は斎藤くんに声をかけて一緒に職員室へ行くことにしよう。

決して自分が怒られることの盾にしようと思っているわけではないことをつけ加えておく。



さて、一緒に行くことを決めたはいいが、どのように声をかけたものか。
行動自体は決して難しいことではないのだが、如何せん斎藤くんを取り巻く環境が私にはいささか苦手なものがある。

例えば斎藤くんの隣に座っている坂倉さん。

彼女の斎藤くんへのアピールはクラス中周知の事実であるが、何故か本人だけが気づいていない。
(わかっていていつもの態度なのかと思いきや、そうではないことが発覚し斎藤くんの天然ぶりを認識したのである)

席替え以前からよく斎藤くんへ話しかけてるなぁと思ってはいたが、隣に座ると尚更話しかける頻度は増え、隙あらばコミュニケーションを図ろうとするその行動には思わず感服してしまう。

そんな坂倉さんを筆頭に、頻繁ではないにせよ、斎藤くんのもとには斎藤くんに好意を寄せる女子生徒が立ち寄り会話をしようと試みている。
(大体彼女たちは2,3人でくる。あまり人数が多く騒がしいことが苦手なことはさすが斎藤くんファンの彼女たちのことなのでわかっているようだ。)

この時点ですでに近づきたくないのに、更に面倒なのはこのうだるような暑さにも関わらず、斎藤くん同様きっちりとネクタイを締めボタンも上まで綺麗にとめて、これまた一人ではなく何人かでやってくる風紀委員の集団だ。
斎藤くんが着る分には不思議と涼しげに見える正装姿も、他一般の生徒がきれば暑苦しく見えるこの不思議。
しかも男子生徒がかたまるとそれだけで暑さも倍増なのがお約束だ。

ちょうど何か問題でもあったのか1年生とみられる風紀委員が何やら斎藤くんへつらつらと報告事項を読みあげている。
…うん、これは長くなりそうだ。


すでにHRは終わっているため土方先生のもとへ行かなくてはいけないのだが、どうも乗り気がしない。
これならアンナちゃん辺りに無理にでもお願いすれば良かった。
このまま本当にフェードアウトしてしまおうか。
いやいやそれは斎藤くんに迷惑がかかるし私の評価も下がり土方先生の視線が厳しくなる一方だ。


うーん、困ったものだとぼけーっと窓の外を見ながら考えていると、とんとんっと肩を叩かれる。



「…あれ、斎藤くん?」


つい先ほどまでいた風紀委員少年Aは何処へやら、気づけば教室には私と斎藤くんの二人だけ。
どんだけぼんやりしてたんだ、私。

「名字、これから土方先生のもとへ行くのだが…」

「あ、うん。声かけようと思ってたんだ」

図らずも一緒に行けることになってよかったよかった。

ありがとう、斎藤くん。




職員室までの道すがら、無言なのも寂しいので少しだけ言葉を交わす私と斎藤くん。

「斎藤くんはよく古典のTAやるの?」

「あぁ、土方先生によく頼まれるからな。断るわけにもゆくまい」

「そっか、土方先生がねぇ…斎藤くんは先生に信頼されてるんだね」

私には到底回ってこない役回りだよという言葉はごくんと飲み込む。



「それにしても初めての古典のTAが斎藤くんとで良かった」

「?」

「ほら、先生によっては変な補習ルールあったりするし、生徒も生徒ですでに夏休みモードだったりするし。斎藤くんは古典に関してはどんな子がいるかとか、先生についても良く知っているでしょう?」


TAの仕事が先生の雑用まがいなことは先にも述べたが、厄介なのは生徒の方だ。
夏休み直前、浮かれきった頭の少年少女に授業で一度やったはずの部分をたたき込むのは労力と気力が必要である。
それに一人ひとり教える部分や教え方も異なるため、その子のタイプにあわせて先生、TA2人は地味に協力しなければならない。
古典のTA経験が多い斎藤くんであれば、3年生のこの時期、補習常連の子には詳しいであろう。
土方先生も意外に生徒のことを見ているとの話もあるので、どういった指導をするのかは心配はしていないが、それでも直接先生とコミュニケーションを取るのは憚られるものがある。
間に斎藤くんがいれば、私はそこまで大きく動かなくとも平気に違いない。


(途中の心の声をのぞき、)だから私は安心してTAができますと斎藤くんに言うと、何故かくすりと笑われた。


「そうか、それは良かった」

「…うん?」

「共に土方先生のサポート、がんばろう」

「…う、うん…?」


あれ、これ完全に土方信者の仲間入りしちゃった感じ?変な方向に勘違いされてないよね…?



一抹の不安を抱えながら職員室の扉をたたく私と、その隣に並ぶ斎藤くん。





夏休み前にどうか胃潰瘍になりませんように。
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