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薄桜高校剣道部。
その強さは言わずと知れた全国区で、校内新聞ではもちろん、地元の新聞なんかにも時たま活動の様子が掲載されているほどこの辺では、そして学校内では有名な部活だ。(そしてくどいようだが顔面偏差値的な意味でも)
受験生の中には剣道をやるために入学を希望する子も多いとか。
私たちのような微妙な立ち位置の部活には羨ましい限りだ。
ところで皆さんは実際に剣道場まで足を運んで見学をしたことがあるだろうか。
薄桜高校の剣道部は基本的に試合時以外の見学は禁止。
入部希望者は事前に申請の上でのみ見学が許可されている。
故に普段は剣道場は部員の掛け声(+他の部活の声)以外は聞こえず、案外静かなものだそうだ。
某テニス漫画のように花の女子学生に囲まれて練習できないのは健全な男子高校生にとっては残念な事態かもしれないが、そのような行為は風紀に厳しい斎藤くんや顧問の土方先生が好まないので仕方がない。
彼らがいるためか、以外にも剣道部の所謂ファンクラブ(存在するんですよ、それが)の皆さんは非常にマナーもいいらしく、たまに怖い時もあるが、基本的には本当に選手一人一人を純粋に応援するために色々と活動しているようだ。
(ちなみに先程からすべて伝聞体なのはアンナちゃん情報だからである。)
少々話がそれたがとりあえず私は今日、放課後初めて剣道場の方まで足を運んだのだった。
「まだ道場の扉が開いていないところをみるとまだ練習は終わってなさそうだな」
「よかった。山崎少年、『終わったらすぐに斎藤さんを連れていきます』って言ってたもんね」
待ち構える心の準備をせねばと道場を遠目で見ながら深呼吸。
念のため凪と先程散々行ったこの後の流れを確認。
いたってシンプルな作戦はこうだ。
山崎少年が斎藤くんを道場裏手まで連れてくる→私と凪で事情を説明(山崎くんからはここぞという時にフォローを入れてもらう)→(途中邪魔が入りそうな場合は凪が対応。主に対沖田総司を想定)→誤解を解く+勢いで生徒手帳のことも認めてもらう
我ながらざっくりとした計画だが、事態は一刻を争うので致し方ない。
「名前さ、斎藤になんて言うの?『私、女の子だから☆』みたいな?…うっ、想像したら気持ち悪くなってきた…」
私は今の凪の言い方に気持ち悪さを覚えたわ。
「うーん、正直斎藤くんも一日たって冷静になってると思うんだよね」
あの場ではO田S司の勢いに押されてしまったが、よくよく考えれば私が健全な女子学生であることくらい自明であろう。
「だから誤解を解くよりかは如何に生徒手帳のことを突っ込まれないかが大事かな」
「それもそうだな。ま、くそ真面目な山崎も超優等生な俺もいるし、さすがに斎藤もそんなに厳しく取り締まったりはしないんじゃね?」
「頼りにしてますよー超優等生の真崎くん。
…あ、剣道部終わったみたい」
だらだらと会話をしているうちに道場の扉が開き、先程までかすかに聞こえたかけ声とは異なるがやがやとした声が聞こえるようになった。
二人で目を凝らして様子をうかがうっていると、面は外しているものの、まだ防具をつけたままの人が二人道場から出てこちらへ向かってきた。
「…本当にすぐに連れてきてくれたね。防具くらい外してきてくれてもいいのに」
「先輩方が早い方がいいとおっしゃったじゃないですか。それに外しているうちに他の部員も外に出てきてしまいますので」
誰かにつかまったら困るのは先輩ですよ、と私に視線を送る山崎少年の横には。
「こんにちはーさいとーくん。俺は1組の真崎凪。よろしくー」
のんきに自己紹介なんか始めた凪に少々戸惑う斎藤くんの姿が。
まだクールダウンもそこそこだったのであろう、額に汗を浮かべていて色気3割増しである。
きっとこの顔の写真とか撮ったら売れるんだろうなー…。
首を傾げる姿も絵になるなんて美人は何をしても素敵だ。
斎藤くんの写真は一枚何円でどれくらい売れるだろうかと脳内そろばんを稼働させようとしたところ、咳払いをした凪にパシンと頭をはたかれる。
危ない危ない、完全に違う方向に頭を働かせるところだった。
どうか斎藤くんが物わかりのいい人でありますようにと学校トップクラスの秀才に失礼な想いを抱きつつ、凪と山崎くんに見守られながら私は昨日のことについて弁解をするのだった。
***
「要は沖田が言ってたことは全くのデタラメ、斎藤と名前はその嘘に振り回されたってことだ」
「俺も真崎先輩に同意見です。おそらく沖田さんは斎藤さんと名字さんをからかいたかっただけかと」
話している最中、幸いなことに誰も私たちの邪魔をすることはなく、なんとか無事に事情を説明。
最後に二人からも意見を補強してもらった。
斎藤くんは私たちの話を終始無言できいており、話し終わった今も状況を整理しているのか、口を閉ざしたままだ。
すかさず山崎くんは私が頼んでいたもう一点についてもフォローを加えてくれる。
「確かに名字さんのカバーの件は風紀委員として看過できないものではあるでしょうが(理由もくだらないですし)、今回ばかりは沖田さんのいたずらが過ぎたと思います。それにこのお二人は特に大きな違反を日常的にしているわけではないのでしょうから、今頃目くじらを立てて指導をする必要もないかと。(それこそ時間の無駄だと思われます)」
あれ、なんか彼から黒い台詞が聞こえたのは気のせいだろうか。
き、気のせいだよね…気のせいじゃなくても絶対に凪のせいだよね、山崎くんのこの態度って。
柄にもなく緊張しながら私たちは斎藤くんからの判決を待つ。
それにしても考える時間長くない?とこっそり思ったのは内緒だ。(後で聞いたら凪もそう思ったらしい…)
「そうか…変な誤解をしてすまなかったな、名字」
「!」
さ、斎藤くんが謝った…!
しかもあっさり…!
「斎藤くん、じゃあ昨日の沖田総司の話は嘘だって信じてくれるの?」
「あぁ。度々総司は話を面白おかしくする癖があるからな。今回はいらぬ苦労をかけてしまったな」
斎藤くん、この話私にとっては全然面白おかしくないんだけどね。あとからかわれてるとは思わないのね。
「生徒手帳の件も今回は特例で認めよう。今まで見つけることがなかったのはこちらの見回り不足であるしな。ただし次見つかるようなことがあった時はフォローできないがな」
そう少々苦笑気味に微笑む斎藤くん。
困った顔がまたなんだか妙に色っぽい。
私の脳内フィルターのせいだろうか。
それにしても見回り厳しくなるのはいやだな。
「うん、ありがとね斎藤くん。見つからないように気をつけるよ」
凪と山崎少年が失笑(凪に至っては普通に爆笑か)している様子を横目で見つつ、私と斎藤くんは無事に関係を元の状態=単なる普通のクラスメイトに戻すことができたのだった。
それにしても斎藤くんのちょっと変わった面も知れたし、一部分を除いては中々面白い体験だった。
まぁ今後は今日のように関わることもあるまい。
(ちなみに沖田総司に関しては斎藤くんからいらぬ詮索はしないようにといってくれるらしい。若干不安が残るが良しとしよう。)
「そうだ、斎藤くん。ひとつお願いがあるんだけど」
「?」
特に他には話すこともないので立ち去ろうと私と凪は校舎に、斎藤くんと山崎少年は防具を片付けるため剣道場へ戻ろうと足を進めたが、私ははたとあることを思いつき二人を呼び止める。
ここまで来たら一生の思い出(+今後のため)として頼むだけ頼んでみよう。
「写真、
撮ったらだめか「ダメです」…」
…山崎少年、やっぱり私に何か恨みでもあるんじゃね?
というか何で山崎少年?
不思議そうな顔をする斎藤くんを促し立ち去る彼らの後に残されたのは、貴重な収入源を確保できなかったことにうなだれる私と残念なくらい笑いの壺にはまりお腹を抱える凪の二人。
こうして第一次生徒手帳紛失事件(今命名、二次はない)は幕を閉じ、再び安らかな日常が戻った…?のだった。
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