08
「はい、じゃあ二人とも自己紹介からはじめよう」
「「……はじめまして」」
会って1分足らず、私は目の前の彼が苦労していそうなことを察してしまった。
凪に無理やり引っ張られ足を踏み入れた保健室。
(1年生の時にあまりにも鼻血がとまらずやむを得ず立ち寄って以来、実に約2年ぶりの訪問だ)
そこにいたのは、何故かいつもメガネが逆光の山南先生ではなく、一人の少年だった。
2年2組、山崎烝くん。
保健委員会で凪とつながりのある彼は今日が当番の日であったらしく、保健室で備品の整理をしているところだった。
(幸か不幸か山南先生は会議中とのこと。よかった。)
整頓された室内は、凪が片づけが苦手なことを考えると副委員長である彼(もしくは山南先生)がもたらした代物であろう。
さぞ先生と凪の二人に酷使されているに違いない。
山崎くんは見るからに苦労人そうなオーラ出てるし。
思わず憐憫の目を向けたくなるが、ここは早く本題に入るのがお互いのためだ。
私も早く部活に行きたいし、彼もこのよくわからない空気から即刻解放されたいことだろう。
「…真崎先輩、一体何事ですか」
普段は一人でふらりと保健室に現れる凪が人を連れてきたのがよっぽど珍しいのか、私と凪の顔を交互に見る山崎少年。
怪我も何もしておらず、見るからに健康そうな人間を連れてきて保健室に居座ろうとしているためか、心なしか彼の視線が痛い。
(強いて言うなら寝不足過ぎて頭が回らないので寝かせてほしい)
そして何事かと聞きたいのは私も同じである。
「沖田総司と斎藤くんに山崎くんは何の関係があるの?」
微妙な空気に耐えかね尋ねると、凪が返答するよりも早く、なんと山崎くんから声が発せられた。
しかもものすごく嫌そうな顔をしているというオプション付きで。
「斎藤さんはともかく、沖田さんがまた何かやらかしたんですか…」
はぁっという盛大な溜息とともに眉間にしわを寄せる。(整った相貌なのに実にもったいない表情だ)
それにしてもO田S司と斎藤くんの知り合いと知り合いなんて、ますます凪の交友関係は謎に包まれるばかりである。
少年も少年で、まだ彼らの名前しか出していないのに事件のにおいをかぎつけるなんて只者ではない。
しかも2年生で先輩に向かってこの表情。
そんなに嫌な思い出でもO田S司にあるのだろうか。
…ん?
あれ、もしかしてこの人…
「剣道部?」
「そうそう、山崎は剣道部なんだよ。しかも我が道を行く3年生にまだまだ目が離せない1年生を上下に抱えた苦労人の2年生。
先輩と後輩の尻拭いが自ずと役割になってる可哀想な奴なんだよ。な、山崎!」
それは剣道部だけじゃなくて保健委員会でもだろうなと密かに思うが、あまりにも山崎くんの顔面が蒼白なので触れないでおくことにした。
凪の言葉に頷かないにしても、苦労させられていることは一目瞭然。
「また」という言葉に込められた心情は推し量るべきものがある。
彼が将来、土方先生のように眉間のしわがデフォルトにならないことを祈ろう。
それにしてもこんなところにも伏兵が潜んでいるとは。この2日で剣道部員に立て続けに会うなんて。
後でアンナちゃんに報告しよう。
あんた多分呪われてるわよ、とか言われそうだがこれを報告せずしてなんとしよう。
「とにかく、山崎くんに何か頼むために私はここに連れてこられたってことなんだよね?」
「おう」
私は簡単に自己紹介をした後、昨日の顛末をざっくり語り彼の反応をうかがった。
途中凪からも注釈が入り、結論から何を山崎君にお願いしたいかというと。
「…斎藤さんの誤解を解く、ですか」
凪のいらない豆知識情報曰く、斎藤くんとここにいる山崎少年は剣道部随一の生真面目キャラらしい。(そして何故か土方先生に忠実)
そんな二人であるから波長が合う部分も多々あり、何より共通しているのは、沖田総司の破天荒さに頭を悩ませているということだそうだ。(主に土方先生的な意味で。)
一度思い込んだら生真面目な斎藤くんのこと、そっとやちょっとじゃ思い込みを修正することは不可能だろう。
しかし同じく生真面目な山崎くんの意見なら、彼も耳を傾けてくれるのではないかという目論見だ。
(山崎少年が言うことに嘘はない!とごり押しする方向で。)
確かにそれならば私や凪が弁解するよりも遙かに効果がありそうである。
ついでにO田にも一言言ってやってほしいが、どうも山崎少年と彼は相性が悪いそうで、提案は一瞬で却下された。
以外に初対面の先輩に対してもずかずか物を言う少年である。
「そうそう、頼んだ山崎。俺と名前のために一肌脱いでくれ!」
「今度当番かわるから、3回くらい」という凪に対し「いえ結構です。真崎先輩が当番の度に結局俺も呼び出されるじゃないですか」と返す山崎少年。
…本当にご愁傷さまだ。
二人のの不毛な取引を横で聞きながら、斎藤くんへの誤解は解けそうなことに少し安堵する。
もうO田S司のことはきれいさっぱり忘れることにしよう。
今日の部活後にでも斎藤くんを捕まえて3人で説明しようと(強制的に)山崎少年を頷かせ、私と凪は一先ず部活へと向かった。
・・・斎藤くんへの道が遠い。
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