■ 僕の涙で月を曇らせ
「ねぇ、今週末は遊べないの?」
「だから、バイト入っちゃってるんだってば。」
「夜とかはダメなの。」
「二日続けて朝一からだからなー…早く寝たいし。」
「…今週も来週もほとんどバイトなんでしょ。じゃあいつ遊べるのさ。」
「うーん…来月はまだシフト出してないから、今言ってくれれば予定あけられるけど。」
「じゃあ3連休旅行行こうよ。」
「それは無理かなぁ。連休って人手足りなくなるし、稼ぎ時なんだよねぇ。あ、日帰り旅行とかはどうかな?」
「……」
一体そんなにお金を稼いで何に使うのか、というくらい僕の彼女はアルバイトに時間を費やしている。
24時間あいている某ファーストフード店にその心身も捧げているのではないかと思うぐらい貢献しているのは気のせいではない。
聞けば去年は学生の分際で稼ぎすぎて扶養からはずれ、両親にこってり絞られたとか。(その分のお金は払ったらしいけれど。)
このバイトの合間にも、家庭教師や短期契約のアルバイトをしているのだから驚きだ。
僕としては彼女がいくら稼ごうが構わないのだが、彼女が働き過ぎることに頭を痛めているのは同じである。
家庭的な事情でやや金銭に窮しているいるのは事実だが、連日働くほど困っているわけではないことはご両親にも確認済みで、稼ぎの半分以上はは彼女の懐に入っているはずなのだ。
そこから普段の交際費云々が賄われていることを差し引いても、月に万単位で貯金が出来ているに違いない。
同じサークルで出会った彼女は、付き合う前からどうも恋愛関係には疎いと思ってはいたが(だからこそアプローチのし甲斐があったのだけれど)、実際に付き合ってからもそれは変わらず、彼女の中では「僕<アルバイト」なわけで。
普段サークルや同じ授業で会ったり、付き合ってからは昼ごはんも時間が合えば一緒に食べたりはしているとはいえ、彼氏としてはもっと一緒の時間を過ごしたいのが本音である。
今のように遊びに誘っても、返答は「バイトがあるから」の一言でばっさり。
このやりとりももう何回目になるかわからない。
「そんなに働いて、大変じゃないの?」
この質問に彼女はまたいつもの台詞を。
「だって、総司くんとせっかく遊んだり、旅行にしたりするんだもん。好きなことを好きな人と思いっきりするための資金だと思えば、全然大変じゃないよ。
確かにあう時間は減っちゃうけど、その分一つ一つが思い出に残るようなこと、たくさんしたいなって思う。・・・・・・だめかなぁ?」
この言葉を受け入れてしまう僕は彼女にそうとう惚れ込んでしまっているのだろうか。
「はぁ・・・」
「・・・どうした総司、今日はいつもよりペースが早いな。何かあったのか。」
そう言い店員さんに熱燗の追加を頼むのは一くん。
彼と僕は昔からの腐れ縁で、今も、大学も学部もサークルも同じだ。
性格があうとは言い難いが、何故かお酒の趣味とペースは恐ろしいほど似ていて、こうやってのみに行くことはよくあることだった。
お猪口に残った日本酒を一気に飲み干しため息とともにテーブルに置く僕を横目に、同じようにお酒を飲み干し、ペースをあわせてくれる。
昼間彼女に誘いを断られた直後、一くんを呼び飲み出したのは約一時間半前。
突然の呼び出しにも文句も言わず、そして僕がいい感じに酔いが回ってくるまで本題を切り出さないでいてくれるのは、彼の優しさだろう。
きっとこういうところがもてるんだろうなと思いながら、僕は口をひらいた。
「渚がさ、なんて言うか、バイトの鬼みたいになっててさ。全然僕に構ってくれないんだよね。」
「白月、か。二人ともよく学校では一緒にいるところを見かけるが。」
「学校ではそうだけどさ。僕が言ってるのは、私生活でってこと。学校がない日は、ほとんどバイトしてるよ。」
それに彼女、学校に来る前とか、授業終わった後もよくバイト入れちゃうし。最近なんか同じ授業と空き時間にしか一緒にいない日もあるよ。
そう続けて僕は、運ばれお猪口に注がれた日本酒をまたぐっと干した。
あ、今日帰れなくなりそう。
「・・・俺からすればそれで十分だと思うが、そういう訳にはいかないのだな。」
「ぜんっぜん十分じゃないよ。僕は一くんと違って束縛強い方なんですー。」
正直、大学生にもなって、好きな子と一緒に登校したり帰ったり寄り道したり、そんな高校生のカップルお決まりのような付き合い方で、こんなにも喜びを感じることがあるなんて思ってなかった。
僕にとって渚と過ごす時間はどんな些細なことでも楽しくて嬉しくて。何より彼女も同じように、僕と過ごす時間がどんなに短くても、その時間をとても大切にしてくれていることがわかるからこそ、余計にもっともっと会いたくなってしまうのだ。
「たまにある休みの日もさ、次の日朝一でバイトだったりすると、早めに帰らなきゃいけなくなるし。朝一で入った日は夕方に会うとすごく眠そうだったりしてさ。あんまり連れ回したら可哀想かなって思って、僕の家で昼寝して夕ご飯食べて終わるだけのときもある。」
「だが旅行したりもするのだろう。夏明けには白月がイギリス土産を部室に置いてくれていた気がするが。」
「・・・うん。夏と春休みはちょっと世間とずらせば良い期間に旅行できるからさ。かなり前から計画して、絶対休みとってもらうようにしたんだ。」
その代わり、旅行が終わった後の2週間は電話とメールだけで過ごすという代償がついていた。
その期間は僕も近藤さんの道場の手伝いをしていたから、僕が渚のバイト先に会いに行くという手段もとれず、最後の方なんか千鶴ちゃんと遊園地に行く約束を取り付けたという平助を危うく竹刀で突くところだった。本気で。
一つ旅行の話を思い出すと、今まで行った旅行のことが一度に思い出される。
いつの間にか話は渚のバイトの話から、のろけ話に変わってしまって。
それでも律義に聞いてくれる一くんをいいことに、お酒の勢いもある僕は、ちょっと愚痴を交えつつも、彼女の話を延々としてしまうのだった。
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