■ 愛憎小劇場

かぶき町、万事屋銀ちゃんにて。

左手にメモ帳右手にペンを持ち、私は目の前の人物が花模様の皿の上にのった「それ」を咀嚼し飲み込むのをじっと見つめ、まだかまだかと待っていた。


「・・・あの、渚ちゃん?そんなに見つめられると、銀さんとっても食べにくいんだけど・・・」


そう言いつつもフォークに乗った白いふわふわしたものを口に運んでいく銀さん。
もぐもぐと必要以上に口の中でそれを味わい、ごくんという音と共に飲み込む。
その動作を繰り返す間、私は一言も言葉を発することはせず、銀さんがすべて平らげるまでひたすら待っていた。


今日は5月4日、仏滅。
そして明日は5月5日、大安。

おめでたい日を前に縁起の悪い暦ではあるが、この機会を逃せばもう失敗は許されない。何が何でも銀さんの口から「おいしい」という言葉を引き出さなければ。
さもなければこの一週間、足繁くわざわざ万事屋まで通い目の前の人物にただで好物の糖分を摂取させている意味がなくなってしまう。

シュークリームにクッキー、ガトーショコラにマドレーヌetc。
試食してもらったものは今までことごとくだめ出しをされてきた。
やれ膨らみが足りないだの、やれ焼きすぎて香ばしさしか感じないだの云々。
元々お菓子作りにみじんも自信がないため、こうしてありとあらゆる甘いものに精通している銀さんにアドバイスをもらおうと通い始めたわけではあるが、こうも「おいしい」という言葉を聞けないとは想定外のことだった。

料理はへたくそだとは思っていない。
実際銀さんをはじめとした万事屋の人たちも、以前手料理を振舞ったときはおいしいおいしいと騒いでくれた。
(ただしその時は、彼らがまともな食事にありついたのが3日ぶりだったという事実もあるからかもしれないが。)

しかし、お菓子づくりと料理とはどうしても工程が違うわけで。

何より私がお菓子を作ることには大きな問題があるのだ。


銀さん曰く、私のお菓子に決定的に足りないもの。



それは。



「・・・どうですか、銀時さん。」


すべてその胃に収まったことを確認し、ペンを持ち直し顔を伺う。

最後に口元についたクリームをぺろりと舌で舐め、銀さんは口を開いた。



「・・・まずくはねーんだけどよぉ。なんつーの、やっぱり足りないんだよな。


甘いものに対する愛情ってやつが。」



6戦、6敗。

私の頭には大きく「敗戦」の文字が浮かび上がった。
今日も私は、この人から「おいしい」の一言を引き出すことはできなかった。



そもそもどうして私がこんなにお菓子を作っているのか。

それは明日、5月5日が私が女中として勤めている真選組の副長、土方十四朗さんの誕生日だからである。
そのことを一週間と一日前に沖田隊長からこっそり教えてもらい、かつ「そういえば土方さん、渚の手作りお菓子が食べたいって言っていたような〜」なんてポロリとこぼしたものだから、それはもう私は頑張った。

それこそ嗅覚がマヒして、大嫌いな甘い物の匂いが気にならなくなる程に。


「だいたいよぉ、甘いものが嫌いだなんてそれこそ俺は信じられないね。」

ご丁寧に皿に着いたクリームまでフォークですくい、綺麗に舐めながら私に向かって言う銀さん。
それはそうだろう。
私だって甘いものが嫌いな人にはそうそう出会ったことはない。

「だって気持ち悪いんだもん、あのバターとか砂糖とかが混ざったにおいが。」

「じゃあなんで洋菓子にあえてチャレンジするんだよ。そこは和菓子でいいんじゃねーの?それこそ柏餅とか、そろそろ暑いし水羊羹とか。」

まぁ俺は断然洋菓子派だから渚ちゃんが作ってくれるものなら何でも食べますけど?という銀さんを一睨み。

「なんかね、これも沖田隊長曰くなんだけど、どっかの誰かさんが白米に小豆をかけて食べるっていう日本人としてどうなの?っていうごはんの食べ方するのを見てから、土方さん小豆が苦手みたいなんだよね。ホント、どこの誰なんだろうねー、そんなことしちゃうの。」

きっと味覚がおかしいんだろうね、うふふとにこやかに視線を送ると、全力で明後日の方向を向く銀さん。
私だってまだ和菓子の方が食べられるわ。


「ま、普通の人ならこれはおいしいっていうだろうな。神楽も昨日もらったチョコレートタルト、また食べたいーって騒いでたぜ。」

「…でも銀さんは言ってくれないんだ。」

「そりゃ、こんなんで妥協してたら糖分王の名が廃りますから?」


それにこれ多串くんにもおいしいって言ってもらいたいんだろ?と言われれば、もう素直に頷くしかない。


***


とぼとぼと屯所への道をたどる。

銀さんに貰った最後のアドバイスは、「ひたすら愛情を込めろ」。
土方さんへの愛情はめいいっぱい詰まっているはずなのに、やはり甘いものに対する愛がなければそれは本当の手作りお菓子ではないらしい。
尤もな意見だ。

そうだ、私が作るものが土方さんの胃の中にはいるのだ。
中途半端なものを作るのは私のプライドが許さない。
銀さんにもこんなに手伝ってもらったのだ。

大丈夫、私なら美味しいものを作れるはず!


大江戸スーパーで必要な材料を買い込み、自分自身に活を入れる。

待っててください土方さん!

白月渚、大好きな土方さんのために頑張ります!



その夜、夕餉の支度が済んだ後、自分のごはんもそこそこに、早速準備に取り掛かる。

選んだお菓子はベイクドチーズケーキ。

甘さは土方さん向けに控えめに、これなら風味も舌触りもマヨネーズにあうはずだ。
調理中、万が一にも隊士の誰かが(特に沖田隊長)厨房に入ってこないよう、入口には「男子禁制」の看板を。
そして女中さんたちにも、協力してもらい、今日の夜のお仕事は非番にしてもらった。
(ここのところ、昼は仕事、夜はお菓子作りとろくに寝ていなかったことが筒抜けだったようで、今日が終わったら一先ず休みなさいとのお言葉をいただいてしまった。私の土方さんへの傾倒っぷりはみんなには筒抜けだったようだ。)

まごころと、土方さんへの愛をこめて丁寧に。


ケーキを型に流し込み、オーブンで焼いている間は、そわそわして全く落ち着かなかった。

綺麗な加減で焼けるかな、なんてオーブンに任せるしかないにもかかわらず何度も何度も覗きこんでしまう。

焼きあがったら少し待って、冷蔵庫で寝かせて、明日のお昼にでも渡そう。

この後の工程を頭に入れ、少し冷静になろうと、私は少しオーブンから離れた女中休憩用のテーブルにつき、軽く目を閉じた。

土方さん、喜んでくれると良いな。





「・・・・・・・・・はっ・・・!」


ついていた頬杖ががくんとずれ、危うく机とおでこが対面しそうになったところで、私は気がついた。

・・・あれ、今何時?

壁に掛かる時計に目を向けると、私の目が間違いではなければ、ケーキを焼き始めてから3時間、日付も変わってしまっているような時刻を指していた。
自分の目が信じられずよく耳を澄ませてみれば、確かに先程まで賑やかであったはずの食堂からは誰の声も聞こえないどころか、時間も時間、屯所全体が静まりかえっていた。


「・・・ケーキっ・・・!」


真っ先に気にかかったのはオーブンで焼いていたはずのケーキ。
一度方から外さなければいけないのに、オーブンに入れっぱなしだ。

あわてて立ち上がり、オーブンがあるところへ向かおうとすると、肩から何かがばさりと落ちると同時に静かな、それでいて私の耳には良く響く声がした。


「オーブンに入ってたものならもう出してしまってあるぞ。」


そう言い私が床に落としてしまったものを拾い上げ、肩にかける。
よく見ればそれは今目の前にいる人に限らず屯所ではよく見かけるもの。

黒い、私には大きい、隊服。



「ひ、土方副長・・・」



なんということだ、まさかこんなところに。


「ここのところ妙におまえから甘いにおいがすると思ったらこういうことか。よくもまぁ、こんな遅い時間まで頑張ることだ。」


土方さんがいるなんて。


最もこの場を見られてはいけない人の登場に、私は完全に言葉を失ってしまう。
せっかく明日(正確に言えばもう今日になってしまっているが)のために頑張ってきたというのに。
私のバカ、なんで大事なときに寝ちゃったんだ!

今更後悔してももう後の祭り、土方さんは完全に私が何をしていたかお見通しなようだ。



「明日は非番とはいえ、もう遅い時間だ。早く休めよ。」


私の頭を軽くたたきその場を去ろうとする土方さん。
ここまできてしまったら、もう私に出来ることはただ一つだ。


「・・・副長っ、あの、少しだけお時間いただけませんか。」


完璧な準備なんて出来ないが、せめて今日という素敵な日、誰よりも早く伝えよう。



土方さんが丁寧に型から出してくれたケーキを皿に盛りつけ、付け合わせのフルーツを添える。
本当はしっかりとねかせて、包装も完璧にして渡したかった。
けれどもきっと彼は私が何のためにこの一週間あくせくしていたかも知っているに違いない。
だからこそ、今伝えてしまうのが一番良いのだ。


目の前にそっと差し出したケーキは、あわてて取り繕ったにしてもなんだかもの寂しい感じで。
でも、土方さんへの愛情だけはどこのケーキ屋でも用意できないくらい詰まっているはず。
そしてこの一週間で培った+αの愛情も。

土方さんはふっとわらって、用意したフォークを手に取った。


「まずかったら承知しねーからな?」


俺が納得するまで何度でも作ってもらう、というその手には、いつも常備しているはずのマヨネーズはなくて。

なんだかそれだけで、作って良かったなと思ってしまう私は現金だろうか。
土方さんにとって、マヨネーズさえあればどんな料理でも「おいしい」味になることであろう。
それをかけずに「おいしい」と言ってもらえたら。


例え今回がだめでも、何度でも作って何度でも言ってしまおう。



「・・・土方副長、

お誕生日おめでとうございます。」



私が持ちうる、有らん限りの愛を込めて。


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副長お誕生日おめでとう!
銀さんの出番の多さと薄桜鬼とのネタ被りはご愛敬…
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