■ それは一閃の
綿あめにたこ焼き、射的に金魚すくい…
近所の神社の参内に、種類豊富色とりどりの屋台が並ぶ理由は一つ。
今日は夏といえば必須イベントの、夏祭りが行われているのだ。
行き交う同年代の女の子は、日が暮れたとはいえまだ暑いにも関わらず綺麗な浴衣を着ており、ある子は友達と、ある子は彼氏であろう人とともにこの風物詩を楽しんでいるようだった。
「いいなー…私も浴衣ぐらいは着たかったよ…」
口からポロリとでた言葉は、隣に座っていた妹にばっちりと拾われた。
「それは私の台詞!今年こそは友達と行こうと思って浴衣まで買ったんだよ!?約束だってしてたのに!」
「ふん、一人だけ白月家恒例イベントから抜け出そうとするからいけないんだからね」
「もーお父さんもお姉ちゃんがいるんだから私がいなくたって平気でしょ!?」
私たち二人は今、Tシャツにハーフパンツ、その上にエプロンという格好で、氷を張ったかごに入った飲み物を売りさばいていた。
私の家はおじいちゃんのころから開業した酒屋だった。
決して売り上げがいいわけではないうちのような小さな店が生き残る秘訣はただ一つ。
細々とでいいから地域の人に通ってもらえる、地元密着型の店であることだ。
近所の人に愛される酒屋に!という祖父のスローガンのような口癖は、父が店主に移り変わったころにはもはや家訓同然。
白月酒店の名と顔を知らしめるべく行われている活動の一つに、この夏祭りへの出店があるのだった。(ちなみに三が日ももちろん出店するため我が家には正月はない)
"こちら側"で祭りに参加することは、幼いころから当然のこととして受け止めてはいたが、それでも"あちら側"にひどく憧れるときがある。
遠い昔に一度だけ、どうしても夏祭りに行きたいと駄々をこねたが父親からの承諾が得られず、その年の手伝いはひどく父親と険悪な雰囲気で行ったこともあった。
それでもお客の前では笑顔を振りまくということを覚えていたあたり、半分この生業を受け止めていた部分もあるように思う。
そんなわけで妹が思うこともよくわかるのだが、私はもはや"あちら側"に行くことを諦めてしまった人間。
いや、正確に言うと9割諦めて1割は参加したかったと思うくらいか。
同じ年代の女の子が華やぐ様子を一歩引いた目でみると同時に、口から零れた先程の言葉は間違いなく本心であった。
「さ、仕事仕事。呼び込み替わってあげるから、中で少し座ってなよ」
「…うん。ありがと、お姉ちゃん」
ふくれっ面の妹は私よりもおしゃれが好きなため、今日のような日に浴衣を着てみたかったことであろう。
浴衣自体は他の祭りや花火大会などで着られる機会もあるのだが、今日の夏祭りはこの辺の地域では有名なので"あちら側"で参加したい気持ちはよくわかる。
きっと彼女も、そのうちこれが我が家に生まれたものの宿命だと受け止めることであろう。
***
長くなった日がようやく沈みかけ空も薄暗くなってきたころ、出店の前も人通りが多くなる。
今日のメインイベントは河川敷で行われる20時からの花火大会。
地元の人が中心のイベントとはいえ、それでも人通りは多く、用意した飲み物も飛ぶように売れるため本当にお祭り様様である。
「すいません、ビール2本」
「はーい!アサヒとキリンがありますけどどちらにします?」
「あーどっちかなー…じゃーアサヒいいかな…って、あ!」
「?」
突然の大声にキンキンに冷えたビールを片手に顔をあげると、そこには浴衣姿のクラスメイトが立っていた。
「白月じゃん!お前何してんの!?」
「何って…見たらわかるでしょ。ここ、うちの酒屋で出してる店なの」
「おまえの家酒屋なんだ!へーすげーなー!」
「それより、まさかこれ藤堂くんがのむわけじゃないよね?」
てか未成年には売ることすらできませんけど。
「俺のなわけないじゃん!左之さんと…原田先生と永倉先生のだよ!」
「?何で先生?」
なんでも藤堂くんは部活(確か剣道部)の人たちと来ているらしい。
仲がいいとは聞いていたが、先生まで一緒に参加する程とは。
しかし先生、自分たちが飲む酒を生徒に買わせるって…学校にばれたらアウトだろう。
「買いに行かせるなら他にも適任がいそうなのにね…藤堂くんはいくら私服でも学生にしか見えないもん」
「うお!?急に何だよ!そんなの俺が一番わかってるっていうか…総司のほうがよっぽど適任だったよなー…」
脳内で巡らせた部分を省き最後だけ口に出すと藤堂くんは顔を真っ赤にして怒りだした。
うん、だめだ、売れないなこれは。
でもあいつ甘いもの買ってくるとか言っていなくなっちゃったし、とぶつぶつ文句を言いだした彼に仕方がないので冷やし甘酒をもたせ、軽く会話をすることにする。
本当は商売の邪魔になるが、このままここで藤堂くんを捕まえておけば先生のうち一人くらいは彼だけではお酒を買えないことに気がつくだろう。
彼も彼で先生が迎えに来てからお酒を買うことに決めたようで、完全に話し込む体制になっていた。
「総司…って、沖田くんのことだよね?」
「おう!あとは土方先生とか千鶴とか山崎とか…って、白月は知らないやつもいるよな」
「ううん、知ってる子もいるから大丈夫だよ」
強豪として名高いうちの高校の剣道部はその面々も校内では有名で、こういったことに疎い私の耳にも入ってくるほどだった。
そしてもう一つ。
これは誰にも言ってはいないし知られてはいないのだが、私には剣道部に所属する幼馴染がいるのだった。
「…あのさ、斎藤くんも今日は一緒なの?」
「一くん?もちろん来てるぜ!」
なんだ、白月って一くんのことは知ってるんだな!と返した藤堂くんにまぁねと言葉を濁しながら答える。
幼馴染の一くん、といっても高校に入学するころにはどちらともなく何だか近寄りがたくなってしまっていた。
元々二人とも積極的な方ではなかったが、それでも私たちは小学生のころは本当の兄妹かのように一緒にいた。
昔から落ち着いた性格の一くんは、そそっかしい面がある私の手をいつも引いて隣を歩いてくれていた。
私にとってもおそらく彼にとっても、当時はそれが当たり前で、どちらかがいないと不安になった。
そんな関係が変わったのは地元の中学校に進学してからしばらくたったころ。
色恋沙汰に敏感になる年頃の子たちに囲まれ、私は何とはなしに、自分と一くんの関係が同級生の女の子たちが認識する"普通"の関係ではないことに気がついた。
別に何か友達に言われたわけでも、一くんと何かがあったわけでもない。
「ずっとこのままではいられない」ということと「ずっとこのままではいけない」という思いが、ただただ胸中を渦巻いた。
一度気付いてしまえばそれまでの関係を崩すのはむごく簡単なことだった。
小学生のころまでとは違い、それぞれの世界が広がったことを理由にそれとなく距離をとった。
賢い彼のことだから、それが繰り返されればきっと私がどのような理由で行動したのか理解するのは容易なことだっただろう。
そのまま訳も聞かずそっと離れていったのは彼の優しさか、それとも彼もそう感じていたからか。
今となってはわからないけれど、それから私たちは単なる同級生として中学校を卒業し、同じ高校に進学し、今日までを過ごしてきたのだった。
「…藤堂くんはさ、斎藤くんと仲いいの?」
「?もちろん!俺だけじゃなくて、今日来てるやつはみんな仲いいやつらばっかりだぜ!」
そう笑う彼の言葉に、誇らしさと同時にかすかな寂しさを感じたのは、気のせいではない。
***
その後しばらくしてやってきた原田先生に藤堂くんは連れて行かれ、私は彼に会ったのが随分前のように感じるほど再び接客の忙しさに追われた。
「お、もうすぐ花火が始まる時間だな」
「もうそんな時間かー。じゃあ今日ももう終わったも同然だね」
「そうだな。といっても帰り際は最後のひと稼ぎが出来るからその用意しねぇとな!」
客足が落ち付き一息つくと、時計に目をやった父親がここぞとばかりに品物の整理をはじめた。
少しくらい休ませてくれてもいいのにと思うが、仕方がない。
私たちがかまえた店からは花火も見えないため、客が来なければただ暇なだけだ。
そこまで急いで補充する必要もないとは思うが、早めに用意するに越したことはない。
補充したにのんびり休むことにしよう。
品出しもすませるとしばらくは休憩時間。
父親からわずかなおこずかいをもらった私と妹は、それぞれ近くの屋台に好きなものを買いに出ることにした。
時計を見れば花火が打ち上げられる時刻まで残り10分を切っていた。
そのためか、会場から数分離れているこの付近にいる人はそこまで多くない。
これなら並ばないで買えそうだと目ぼしい屋台を探しながら人と人の間をすり抜けていると、急に腕を掴まれた。
「…渚」
「一くん?」
数年ぶりに私に向けられたその声は、今までの時間がなかったかのように穏やかだった。