03
日々その姿を、その声を感じる度に喜びとともに気付いてはいけない気持ちも大きくなる。
"あの子"と斎藤くんが仲良くなって、それをみて、自分の気持ちに区切りをつけるはずだった。
ねぇ沖田くん。
あなたはどうして私と彼を会わせたの?
3.ぎりぎりの境界線
メールで「あの教室に集合」と沖田くんに呼び出された私は今、彼と二人で出会ったときと同じように窓から外を眺めていた。
「最近名前ちゃん、ここから一くんを見なくなったね」
「…だって今は傍で見られるから」
もう、ここから眺めていた斎藤くんとは違う。私の近くで、その姿を見せてくれる、その声を聞かせてくれる斎藤くん。
あんなに遠かった彼は今、手を伸ばせば届くところにいるのだ。
「名前ちゃんはさ」
そんな私の心を見透かしたように、沖田くんは問いかける。
「一くんに自分の想いを伝えようって、思わないの?」
「…そんなこと、できるわけないじゃない」
「そう」
でも、しようと思わないんじゃなくて、「できない」と思うようになったんだね。
沖田くんの指摘に、胸が抉られるような痛みが襲った気がした。
斎藤くんを知れば知るほど、そして"あの子"といる時間を共有すればするほど、自分の想いが如何に不毛なものか突きつけられる。
そのはずなのに、手の届くところにいる彼に抑えきれなくなりそうな自分がいるのだ。
けれどもそれは、今の関係を手放してしまうことに繋がる。
なんて現金な私。
例え"あの子"の友達という立ち位置でも、斎藤くんの傍にいたいと思ってしまうなんて。
もう無関係だった、ただ遠くから見ているだけの私には、戻りたくないなんて。
好きだと思うだけで幸せだったのは、嘘じゃない。
でも、今は。
くしゃりと歪みそうになった顔をみせたくなくて、窓枠にかけた両手に顔を埋める。
ここ最近はなかったけれど、私と沖田くんは度々この教室で外を眺めていた。そこで私が突然泣きそうになるのも、会話なくただ二人で外を見るのもよくあることなので、彼はもう慣れっこだろう。
それに甘えて、私はまた泣く。
いつもは私の気が済むまでそっとしておいてくれるけれど、今日は何故か、頭を撫でられる感触がした。
「一くんは、そんなに冷たい人じゃないよ」
未だ俯いたままの私に、諭すように続ける。
「例え応えられないことでも、君が伝えようと思えば、一くんはきっと正面から受け止めてくれる」
不思議だった。
沖田くんは、決して叶わないと知る私の想いを否定することはない。そしてこのドロドロとした感情も。
それどころか、私がどうすればいいのか、一歩踏み出すための言葉を投げかけてくれる。
一体何故彼がこのようなことをしてくれるのか、そしてこの不毛な想いをどうして否定しないのか、私には到底理解できなかった。
髪を梳くように動いていた手に心地よさを覚えていると、突如その手はぽんと私の頭を叩く。
「僕、いいものもってるんだよね」
先程のどこか穏やかな声とは打って変わり、急にまた含みのある言い方に変わる。
私も大概浮き沈みが激しいが、沖田くんのこの態度の変化もはじめのうちは戸惑った。
最近ではすっかり慣れてきていたため、今日はもう落ち込む時間は終わりにしようと沖田くんの手をどけ頭をあげると、目の前に何かの紙切れがひらひらと揺れていた。
「これ、名前ちゃんの分だから」
そこ紙に書かれた「遊園地」という文字に、その場所がむごく私から遠い、キラキラと輝いた所のように思えた。
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