02
その日から、二人は度々教室を訪れるようになった。
もっとも、沖田くんが斎藤くんを無理やり引きずってくることがほとんどだけれど。けれど、斎藤くんは決してそのことを嫌がってはいなかった。
これはきっと、沖田くんが言っていた「二人の仲を取り持つ」ことに入るのだろう。
知ってはいたことだけれど、斎藤くんと"あの子"は、間違いなく両想いなはずなのに、必要以上に距離を縮めようとはしなかった。会うのは部活でがほとんどのようで、そこで以外は用事がない限り会わないようだった。
沖田くんは、私と彼を通じて二人がもっと会う時間を作ろうとしたようで。
それは沖田くんだけでもできたはずなのに。
斎藤くんが好きだという私に、夢をみさせてくれるというのはこのことなのだろう。
だからといって、元々口数か少ない私と斎藤くんでは、知り合いになったとはいえ直接話をすることは少なく、二人で彼女と沖田くんの話を聞いていることが多かった。
それでも、同じ時間を共有できているのは本当に夢みたいなことで、あんなに遠かった斎藤くんがすぐ近くにいることに、涙が出そうになった。
幸せ、だった。
***
4人で話す時間に次第に緊張を覚えなくなってきたある日、"あの子"がいない時間に斎藤くんが教室を訪ねてきた。
「ごめん、今先生に呼ばれてるみたいで」
「そうか」
暗に時間を改めたらどうかと投げかけたつもりだったが、斎藤くんは教室で待つことにしたようで、私の隣の席が空いていることを確認すると、そこに腰かけた。
彼女と沖田くんを交えて話すことに慣れたとはいえ、二人きりになることはなかったから、このシチュエーションは不安だ。
冷静を装う表情とは裏腹に、私の内心は焦りでいっぱいになる。
いつも何を話してる?何で斎藤くんは笑っている?
あぁ、同じ場にいられるだけで幸せだったのに。
今は二人で話したいだなんて、おこがましいことを思ってしまう。そして、嫌われたくないと、思ってしまう。
この先にあるものが決して甘くはないとわかっていながらも、日に日に期待が膨らむこの心は、自分が抑え込むことができる量を超えてしまいそうだ。
俯いてしまった私に、どうかしたのかと声をかけてくれる斎藤くん。
何でもないよと顔をあげ、折角できたチャンスに何でもいいから話をしようと気持ちを改める。
それなら良いのだが、と少し心配そうな顔をしてくれる彼に、申し訳なさを感じると同時に嬉しさを感じてしまう自分が嫌だ。
今は、今だけは、彼の意識が私に向けられているとわかる。彼女ではなく、私を気にとめてくれている。
神様。まだ、もう少しだけ、夢から醒まさないで。
そうすればきっと諦められるから。
結局彼女を待つ間、二人でかわすことが出来た会話は何でもない今日の授業でのこと。
それでも真摯に話を聞き、それに返してくれる彼に、また泣きそうになる。
「…斎藤くんは優しいね」
たまらずポツリと言葉を零す。
彼にとっては突然言われたことに意味がわからないに違いないのに、それすら彼は真面目に受け取ってくれる。
「それは、名字もだろう」
「?」
「よく、話は聞いていたからな」
主語はないが、それはおそらく"あの子"からだろう。
斎藤くんは何かを思い出すように目を閉じ、教えてくれた。
「1年生のころから変わらず共にいてくれ、そして自分を支えてくれていたのは名前だった、と」
それに。
「今もこうして俺や総司が来ることを嫌な顔をせずに付き合ってくれている」
名字は、優しい。
斎藤くん、私は優しくなんかないんだよ。
あなたといたいから、私は一緒にいるんだよ。
沖田くんのそれとはまた異なる、綺麗な綺麗な彼の笑みは、私には眩しすぎて。
そして、勘違いしてしまいそうになる。
例えその笑顔が、私の向こうにみた、彼女に向けられているとわかっていても。
先程とはまた、違う涙が出そうになった。
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