10
風に靡くカーテンを横に、そこからの景色を見下ろす。
もう意味のなくなってしまった習慣を終わらせるべく、私はその場に立っていた。
10.だますつまりはなかったんだ
「やっぱりここにいた」
もうここで隣に立ってくれていた人は来ないかもしれないと思いながらも、相変わらず外を見つめ続けていた私にかかる声。
久しぶりに会う気がする彼は、私がここにいることをわかっていたかのように扉を開けた。
「沖田くん、どうしたの」
「名前ちゃんこそ、」
何を見てるの?と問う彼の疑問はもっともだ。
開け放たれた窓から見えるのは、下校する生徒たちが疎らに映るグラウンド。
今日は剣道部はおろか、どの活動も校庭では行われていなかった。
それでも私は最後にと、かつて焦がれていた光景を思い出すかのようにここへと足を運んだ。
教室では、いつもは大きく響く各部活のかけ声に代わり、今は疎らに歩く生徒たちが時折大きな声をあげる音や、風によって葉と葉が擦れ合う静かな音が響く。
沈黙のままそっと彼からまた視線を校庭へ向け直した私に、彼はそれ以上追及してこなかった。
それでもそのまま立ち去るわけでもなく、同じ窓辺へと足を進める。
「…さっきさ」
そしていつもこの教室で繰り返していたことと同じように、彼もまた私の隣に並び、視線を外へと向けた。
「教室に"あの子"が迎えに来たよ」
誰を?と問わずともわかっている。
あの子が持っていたストラップの、片割れを手にしているのは、たった一人。
藍色に揺れるそれを、沖田くんもきっと目にしていたことだろう。
そして彼が言いたいことも察してしまう。
「今日部活が休みなこと、すごく喜んでた」
そう、ここからは、下校する生徒たちの後姿が、よく見えるのだから。
「沖田くん」
まるで自分に言い聞かせるような声を遮り、私は彼へと身体を向ける。
相変わらず外を見つめ続けていた彼は、珍しく自分から話しかけた私に少し驚いた表情を見せながら同じように身体を向ける。
思えばこうしてきちんと向き合ったのは、この教室で初めて彼に会って以来な気がした。
「もう、何も言わなくていいから」
私は、大丈夫。
そう、微笑んだつもりだった。
けれど沖田くんの表情は余計に曇って。
伸びる彼の手が頬に触れた時、私はようやく自分の頬に伝うものに気がついた。
「また泣いてる」
「…沖田くんも、泣いてるよ」
彼に私から触れたのは、それが初めてだったかもしれない。
目から零れたばかりの雫を親指でそっと拭う。
まだ温かいそれは、指先に馴染むように滲み渡る。
「僕たち、振られちゃったね」
「ね。伝えてすらいなかったけれど」
どちらも話すトーンはいつもと変わらないのに、ただ雫が静かに流れるままに任せる姿は、きっと不思議な光景に違いない。
あの子から聞いた後も一滴も零れることのなかった涙は、声をあげ嗚咽を漏らすわけでもないのに、驚くほど流れ落ちていった。
言葉にすると、何てあっけないのだろう。
瞬きをする度にポトリと落ちる涙を拭うこともなく、私たちはしばらくその場で佇んでいた。
「ねぇ名前ちゃん」
ようやく頬を濡らしていたものが乾いたころ校庭を見下ろせば、すっかり帰路に着く生徒もいなくなっていた。
こんなにも自分の感情に正直にいられた時間に満足し、そろそろ帰ろうかと身じろいだ私に、沖田くんは声をかける。
その表情は今まで見てきた中でもずっと穏やかに見えて。
ああ、彼も終わらせることが出来たのかと、同じだからこそ痛いほどよくわかった。
「もう一度だけ、言いたいことがあったんだ」
その声が、静かに鼓膜を震わせる。
「僕は、君のことが―」
伝えられた言葉に、私は静かに微笑んだ。
もう涙は、こぼれない。
fin.