09
翌週、"あの子"に会って一番に気付いたことがあった。
9.みらいに馳せてみる
「…そのストラップ、遊園地に売ってたの?」
「うん!よく気付いたね、名前ちゃん!」
それは彼女が最後まで悩んで買ったシンプルなデザインのストラップ。
彼女の趣味にしては簡素なそれに、加えて思いだすのはそれは一つだけ買われたわけではなかったということ。
淡いピンク色の紐と対になった藍色が、確かに先日は彼女の手に握られていた。
脳裏に一つ浮かんだ出来事は、あまりにも確信めいていた。
「斎藤くんと、上手くいったんだね」
目を丸くしたかと思えば途端にこぼれる花のような笑みは、羨ましくなる眩しさを含ませていて。
ああ、やはりそうかと小さく揺れる飾りを見つめる。
知った事実にゆらゆらと揺れ動く私の心を表しているようだと思う一方、彼女の動きに合わせ揺られるそれとは対照的に、心は不思議とその事実をすんなりと受け入れた。
「私から言おうと思ってたのに、名前ちゃんにはわかるんだね」
「だって、ずっと傍にいたんだもの」
そして彼のことも、ずっと見ていたから。
飲み込んだ言葉のかわりに、私は一つ彼女に問いかける。
その問いに返された答えを、ここにはいない彼女を想う人にも教えてあげたい。
きっとこの彼女の笑顔に、彼は焦がれていたのだから。
「今、しあわせ?」
きっと彼女の隣に立つ彼も、同じ問いに同じ笑みを向けてくれるに違いないと、そう思った。
***
一くんに「話がある」と呼ばれた時、一番に思ったのは「ようやくか」ということだった。
会えばやはり想像していた通りの報告。
ただ一言だけ「つきあうことになった」、と言う様子が一くんらしくて。
大した驚きもなく「そっか」とくすりと笑う僕に、彼は軽く目を開いて「知っていたのか?」と問いかけた。
「だって一くん、わかりやすいんだもん」
それにあの子も。
いつもの調子で軽口のように返す僕に、真面目に「そうだったのか」と返すのもまた一くんらしい。
こんなにも呆気なく、そしてあっさりと自分の恋が終わったことに、思いの外寂しさは訪れなかった。
何時かは訪れることだろうと何処かで予期していたのもある。
そしてもう一つ。
それはたった今、ようやく自覚した心境の変化。
きっと彼女にあってからは、緩やかに僕自身が変わっていたのかもしれない。
それこそ今、一くんと笑って話していられるくらい。
「…総司は」
「?」
それでもまだ「どちらから」などと詳しく聞けるような心境でもなく。
話が終わったならと踵を返そうとすると呼び止められる。
「名字とは、何ともないのか」
「…名前ちゃん?」
人の色恋どころか自分の色恋にも関心の薄かった彼の口から、まさかそんな言葉が飛び出すなんて。
更に挙げられた名前に、思わず疑問を疑問で返してしまう。
「どうして、僕と名前ちゃんなの?」
一くんから出された話題なのに、彼自身もどうしてそう思ったのか、暫く考え込んだ後ようやくぽつりと呟いた。
「似ていると、思った」
「…僕と名前ちゃんが?」
「ああ」
それに。
後に続いた言葉に、僕は思わず笑ってしまう。
それは決して馬鹿にするようなものではなく、ああそう見えていたのかとまたしても自分の気持ちを自覚してしまったことからくる苦笑で。
そのことを誤魔化すかのように、また僕は軽口を叩くのだった。
「馬鹿だなぁ一くん。そんなこと名前ちゃんに言ったら、怒られちゃうよ」
「そ、そうか…勘違いならすまない」
「ううん、でもそれ、あたってるかもしれない」
そう思ったら、何だか笑いが止まらなくて。
いつまでもくすくす笑う僕に、一くんはえらく不思議そうな顔をしていたのだった。
「二人が一緒に話している時が、総司も名字も一番穏やかなように思えたんだ」
もう一度だけ、彼女に伝えたいことがあった。
ずっと隣で、泣いてばかりいた彼女に。
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