にんぎょひめのなみだ | ナノ


 05


私が斎藤くんを好きになった理由なんて、今となっては本当に些細なもので。もしかすると理由とすら言えないかもしれないけれど、確かにきっかけはその日だった。



5.ひとめぼれラプソティー



「剣道部、表彰されるんだ」

「そうなの!今年の1年生、強いって評判なんだよ!」

夏が明けた最初の登校日、春学期を経て徐々にに仲良くなっていった"あの子"から開口一番に聞かされたのは、自身が所属する剣道部員が表彰されるということだった。
特に部活動に所属していない私にとっては、全校集会で行われる夏休み中に活躍した部活、生徒の表彰というのは特に興味の持てるものではない。そのため、こうして身近な人物が嬉々として語ろうとも、さして関心を持てるわけではなかった。



「…―では次に、剣道部」

いまだ残暑の厳しい中で体育館に集められ、校長の話から始まる一連の流れは学生生活を何年もしている身には気だるさを覚えるのは至極当然のことだろう。途中途中話を右から左へと聞き流し、ただひたすらに時間が過ぎてゆくのを待つ。ようやく集会の最後である表彰式となってからも、部活動の盛んなこの高校では表彰のない部を数えるほうが早い。そんな中欠伸をかみ殺すのに必死だった私の耳には、先ほど彼女から聞いた部活の名が聞こえた。
それまではきっと私と同じように壇上で行われていることに興味を持たなかった人々も、校内でも群を抜いて有名なその団体に、ざわつくのがわかる。

「ほら名前ちゃん、いちばん左に並んでるのが一年生だよ」

小さな声で彼女が同じ学年の生徒を紹介してくれる。
今回の表彰は団体で優勝したと主に3年生が並ぶ中、個人戦で活躍した選手として1年生も並んでいた。彼女がそれがどれくらいすごいことかを説明してくれるが、剣道に全く造詣のない私には残念ながらことの重大さがわからなかった。そのためただぼんやりと、壇上に並ぶ生徒たちが他の部活と同様に賞状やトロフィを受け取るのを眺めるしかない。

上級生から順番に呼ばれる中、ようやく一年生へと移るも、知り合いでもない人たちが賞状を受け取る度に会場へとそれを向けたり、またそのことで周りの学友たちがざわつくのも、むごくうっとうしく感じる。
早く教室に戻りたいのに、剣道部の人数の多さに加え人気の高さは思えばこのときから健在であり、他にも増して時間を要する表彰となっていた。



「1年1組、斎藤一くん」


長かったその時間も、ようやく一番最後の人物の名が呼ばれ、終わりを迎えようとする。
やっとか、と今まで閉じていた瞳を開き、壇上へと視線を向ける。

そこで私は、彼を初めて認識したのだ。


「はい」


凜とした声が、体育館に響く。

声と共に一歩踏み出した彼の背中に、ひどく視線を奪われた。

「あ・・・」

先程まで寝ているかのように反応がなかった私が小さく声を上げたことに、隣に立つ彼女は気づき、「斎藤くん、1年生の中でも期待の選手なんだよ」と耳うちをしてくれる。

「斎藤、くん・・・」

名を呼ばれ、校長先生から賞状を受け取る過程は、他の生徒と何ら変わらない。
けれども、妙に私にはその姿が、他の生徒とは隔たれたもののように映る。


はじめは、ずいぶんと姿勢が綺麗な人だと思った。


賞状をもらった後は気がゆるみ、またこそばゆさからか背を丸めるように壇上を去る生徒が多い中、真っ直ぐと前を見据え、静かに、それでいて堂堂と袖へと足を進めるその姿が、むごく瞼に焼き付いた。


たった、それだけ。

きっかけなんて、そんなものだ。


気づけばその日から彼の姿に気づく度に、自然と視線を送ってしまうようになった。
そして気づけば、それが恋心へと変わっていた。

何て単純なのだろう。

"あの子"が斎藤くんを好きだといったとき、私が抱いていた想いのちっぽけさに、たまらなく悲しくなった。
けれども、高校生活のほぼ全てを費やしてきたこの想いは、些細なものだと片付けるには、大きく膨らみすぎていた。

きっと、このまま彼を見つめるだけだったならば、私はこの不毛な想いを抱えたまま苦しみ、そしてその傷が癒えるまでじっと耐え、私を殺し葬ることになっていただろう。


けれども。


そうならなくて良かったと、例え結果的に自分の想いを伝えることはなくともそれで良かったと、今思えるのは―。



「名前ちゃん」




「どうした、名字?」

「ううん、何でもないよ」




大好きだった斎藤くんが隣にいるのに、何故か私は今、無性に沖田くんに会いたくなった。
prev / next

back

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -