04
一度決心すると、驚くほど心が軽くなる。
今ならどんな結果になったって、後悔しないような気がした。
これは間違いなく、沖田くんのおかげ。
沖田くんがくれた、魔法の言葉のおかげ。
4.ょわむし
「名字、待たせてすまない」
気持ちを落ち着けるため深く呼吸し顔をあげたところで、斎藤くんが戻ってくる。
隣に腰掛ける斎藤くんとの距離が、かつてないほど近くて、また緊張で顔をあげられなくなりそうなその時、彼が手に持っているものに気がつく。
「キャラメルポップコーン…?」
遊園地特有の可愛らしいキャラクターがプリントされた紙のBOXに入ったそれは、香ばしいキャラメルの香りがして、不思議と甘く穏やな気分になる。
けれども彼に甘いものを食べるイメージはなく、意外な組み合わせに首をかしげるとそれは私に手渡された。
「私に…?」
「先程店の前を通った時に気にしていたような様子だったが、嫌いだったか?」
「…ううんっ」
キャラメルポップコーンは、好きだ。甘くてついつい食べすぎてしまうけれど、やめられなくて。
売っている店の前を通った時買おうかと迷ったが、みんなの足をとめるのも申し訳なかったし、"あの子"がその先にあるアトラクションに目を輝かせていたから、すぐに視界から外し通り過ぎてしまった。
まさかほんの一瞬の迷いに気付いてもらえるとは思わなかった。しかも、斎藤くんに。
「よかった。今日はいつもより元気がない気がした…これで少しは気分が変わるといいんだが」
一番上の一粒をそっとつまみ、ゆっくりと口に含む。
舐めて溶けだしたキャラメルの甘さとともに私を満たすのは、泣きたくなる程の幸福感。
ただ、嬉しかった。
斎藤くんが、彼女のことだけでなく、私のことを気にかけてくれたことが。
私のためにと、ポップコーンを手にしてくれたことが。
くしゃくしゃになりそうな顔を何とかあげると、そこには柔らかく微笑む彼がいた。
「ありがとうっ…」
嬉しさのあまり、その一言を口にするので精一杯だ。
ねぇ沖田くん。私、気づいたんだよ。
確かに斎藤くんはきちんと、正面から受け止めてくれた。
私という存在を。
彼女の影に隠れていた、白月名前という存在を。
そしてそれだけで満たされる私の心に、気がついたの。
「…ふふっ」
「どうかしたか?」
二人横に並んで甘さを噛みしめる中、急に笑い出した私に不思議そうに視線を向ける斎藤くん。
「斎藤くんがね、小さな子とか女の子が並ぶポップコーンの列に並んでたんだって思うと何だかおかしくって」
「言われてみれば…そんなこと、意識しなかったな」
「二人がきいたら、『似合わない』って大笑いしちゃうかもよ」
「む…確かにそうかもしれない…」
「あはは」
今朝から、いやきっと斎藤くんと対面したあの時から、私を取り巻いていた漠然とした緊張は、たった一つの些細な出来事で驚くほどすんなりとほぐれ、なくなっていた。
そこから生まれた余裕から、今までの自分では考えられないくらい斎藤くんと会話をすることができる。
今は普段からよく場を盛り上げてくれる二人がいない分、お互いのペースで会話が出来るためか、斎藤くんも普段よりよく話してくれていた。
辺りを見渡すと家族で来ている人、友達同時で来ている人、そして恋人同士で来ている人など、色々な組み合わせの人々がここには溢れていることに気がつく。
恋人同士ではないけれど、私たちも周囲から見たら仲睦まじく見えるだろうか。
そう見えていたら、と思うだけでまるで斎藤くんをただ見ていただけのその時と同じ、幸せな気分になる。
踏み出さなくてももう大丈夫だと思う私は、弱虫だろうか。
結局沖田くんと彼女が戻るまでに、長年秘めていたその想いを言葉にすることはなかった。
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