同じなのに違う


一日一粒と決めたにも関わらず、何もしないまま早くも3日が経とうとしていた。
これは臆病な自身の性質にも起因するとは思うが、それでも私は頑張っている方であることは間違いない。

アメをなめさせなければならないという難問は、それを特定の相手だけにするのではなく誰にでも分け隔てなくすればいいと思いついたのは一昨日の5限目数学の時間。
恥さえ捨てれば、誰にでも何かとアメを配るというキャラクターなんて訳ないはずである。
そう、恥さえ捨てれば。

この3日間、私は少しでも仲良くなれた子には手持ちのアメをあげることで、すっかりクラスでは「いつでもアメ玉を持っている女の子」という(私の中では)方向性が行方不明の謎のキャラクターとして認識されていた。

「名前ちゃん、今日は何味の持ってるの?」

「き、今日はカルピスソーダ味を…」

「わー美味しそう!」

竹谷くんと校内見学をして以降、早坂さんはこうして気さくに話しかけてくれる。
彼女のその明るさに、正直私のキャラは救われているに違いない。
一体これからどんな方向性でクラスに馴染めばいいか、3日前の私はほとほと困り果てていたのだ。
もっとも、今のこの立ち位置も、困っていることには違いないのだが。

さしてお菓子好きというわけではないのにこの行動をとることは、全国のアメ好きの人に申し訳が立たない気がするのは、小心者だからだろうか。


***


休み時間やお昼は早坂さんと過ごすことが多いが、放課後だけは彼女も部活があるので私一人になる。
相棒は必要があれば接触してくるが、どうも毎日私に用があるわけではなさそうで、協力者といってもこんなもんかと若干の寂しさを覚えないわけではない。
ただ、それでも何かと気にかけてくれているような気がしないわけでもないので、結局のところ幸いにも、なんだかんだで転校早々馴染めないという悲しさは回避できているようなのであった。

1人ぶらぶらと放課後に校舎内をうろつく姿は、傍から見たら不審者以外の何者でもないが、部活動や委員会活動に励む生徒にとっては気に留めるような存在ではないだろう。
先生には会釈するだけでその場は凌げる、と思う。

こうして放課後に校内を彷徨う理由は唯一つ。
人憑きを把握するためである。
いくら私には影が見えても、その人の情報が何一つなければ、接触を図ることはできない。
相棒は影は見えないが、その人の特徴を伝えれば「それは…」と校内の人物の名を挙げることできるようなので、こうして私は空いた時間を見つけては人憑きを探し、その人の特徴や様子を留めることにしたのだった。
とはいえできることといえば遠目に人影を探してはその人の学年や部活動を推測し、外見の特徴を把握するくらい。
何とも地道な観察すぎて相棒には効率が悪いと悪態をつかれたが、見つけた途端に突撃しに向かう度胸など生憎持ち合わせていない。

どうせならもっと行動力のある子を選べばよかったのに、と何度目かわからないネガティブ思考に陥りつつ足を進めていると、ここ最近でようやく聞きなれた名と声を耳が拾った。


「待ってよ、三郎!」

階段の上から聞こえてくるこの声は、同じクラスの不破くんのものだった。
何故声でわかるのかといえばそれは彼が呼んだ名前である。

さぶろう。

不破くんらしき声にさぶろうとくれば、それは同じクラスの不破雷蔵くんで、呼ばれた相手は鉢屋三郎くんに違いない。

螺旋状の階段は、上下にいる人の姿は見ることはかなわないがその声はよく響く。
当然上にいる彼らは、一言も発さない私の存在は気づかない。

「今日も帰ってこないつもりなの?」

「…お前には関係ないだろう」

「関係ないって、」

そんなことないじゃないか、と続く不破くんの声は、なんだか泣きそうに聞こえた。

クラスメイトでもあり、そして人憑きの観察対象としても、二人とも早い段階から私の頭にインプットされていた。
まだどちらとも話したことはなかったが、接触のチャンスとはいえ対面がこの修羅場的展開の後はつらいものがある。

誰もいないことをいいことに、階下に留まり会話に耳をそばだてつつ、私は早坂さんから聞いたこと二人の情報を高速に頭の中に蘇らせようと試みた。



「不破くんと鉢屋くんって、親戚なの?」

「それ、本人たちの前でいったらだめよ」


気になる人憑きの情報を聞き出すべくさりげなく二人の話題を出した瞬間、私の質問は速攻で早坂さんにダメ出しされた。
無難な質問をしたつもりなのに即座に否定されたことが思いのほか答えてしょげていると、早坂さんは慌てたように言葉を続けてくれる。

「名前ちゃんの質問が悪いって意味じゃないの。そのことを本人たちが気にしてるっていうか…」

私も本人から直接聞いたわけじゃないんだけど、小さな声で言った彼女の言葉は、一層の疑問を私に植えつけた。




「鉢屋って、」


「―お前なんか」



それまで不破くんの言葉を静聴していたはずの、鉢屋くんの声が重なって聞こえる。




「大嫌いだ」



「不破のこと、嫌ってるみたいなの」




はっと気づいた時には、足音はすぐ近くまで迫っていた。
鉢合わせてしまうことは、避けられない。



なるべく平然を装い階段を上る"ふり"をし視線を上へと向ける。
視線が、一瞬交差する。


「…」

何か言われるのではないかとひやりとしたものの、予想とは裏腹に彼は何も言わず、そのまま走り去るように階下へと向かってしまった。


「あれ、名字さん?」

鉢屋くんは姿を見るにとどまったと息をついたのもつかの間、すぐさま上から声をかけられる。

「もしかして…今の、」


きいてた?とは声にしなかったが、不破くんが言わんとすることに、誤魔化しがきくはずもないので私はごめんなさいと言いつつ頷いた。

そっか、と困ったように笑うその顔に、先程通り過ぎたもう一人の顔を思い浮かべる。


私が二人を親戚だと思ったのは、単純にその容貌が似ていたから。
纏う雰囲気はまるで違えど、一つ一つのパーツは双子ではないかと思うほどにそっくりだ。

しかし、それはあくまで"現世"での話し。

ゆっくりと不破くんに歩み寄りながら、私の視線はその背後を探る。


やはり、「違う」のだ。


不破くんはその前世の姿も不破くんそのまま。


けれど。



今目の前にいる彼と、通り過ぎていった彼の前世は、全く異なる「顔」だった。
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