腹の探り合い


「よし、行くか名字!」

「よろしくね、竹谷くん」

翌日の昼休み、3限と4限の間に昼食を食べるという暴挙に出た私と竹谷くんは、チャイムと同時に彼が申し出てくれた校内案内の途へと着く。
彼も貴重な休み時間であることは間違いないのに、嫌な顔一つせず校舎の構造からよく使う教室まで色々と紹介してくれる。

よく通る場所、ということで食堂や各学年の廊下といった人が多い場所へも足を運ぶこととなったが、私は正直なところ、今、このタイミングで人が溢れるところへと赴くのは憚られた。

一つは不用意な人憑きとの接触を避けたかったから。
クラスメイト相手でさえ骨が折れそうなこの仕事、チャンスを確実にものにするためには、まず人憑き自身の情報を集めることが必須である。
十分に情報が集まらないうちに接触することで、変に警戒されてしまうことだけは回避しなければならない。

そしてもう一つは。

「お、竹谷じゃん!今から飯か?一緒にくおーぜ!」

「悪い、今日はもう食ったんだ。また明日なー!」


「先輩、今日はサッカー部にきますかー?」

「おう!ちょっと遅れるけど後で約束してた練習見るからな!」

たった一日の付き合いではあるが、竹谷くんのすごいところはその明朗さ、人当たりの良さに伴う人気であるということはよくわかった。
同学年が集まる教室や1年生の廊下でもそうであったが、他の学年が入り混じる食堂というこの場でも、恐らく知り合いであろう人は5歩に1回くらいの割合で声をかけてくる。
そして彼のこれまた素晴らしいところは、かかる声に見習いたいほどの爽やかさと誠実さをもって応えるところである。

根っからのインドア派の私には到底為し得ない技に、こんな人間が隣を歩いてもいいものかと持ち前のネガティブさからなるべく小さく目立たないように彼の後をついて歩く。
周囲からの視線がこちらに向かないくらいまるで関係のない人のふりをしようとするも、その行動はあっさりと竹谷くんに見抜かれ、逆に「転校早々人が多いところは疲れるよな、ごめん」と謝られてしまった。
むしろ謝らなければいけないのは下心(決して恋愛的な意味ではないことをつけ加えておく)満載で竹谷くんにこれ幸いと近づいている私の方だ。

おろおろとと謝る私に、これまた竹谷くんが謝って、二人で食堂の入口で謝り合戦を繰り広げていると、そこにまた声がかかる。

「あれ、竹谷に名字さんじゃん」

「おー早坂!」

それはクラスメイトで私にはじめに話しかけてくれた女の子、早坂さんだった。

彼女の「こんなところで何してるの?」という言葉にようやく応酬を終えた私たちは彼女も交えて軽く立ち話を始めた。
早坂さんもこれまた竹谷くんと同じくらい明るく笑顔の似合う女の子で、その上なんと所属するバレー部では1年生にも関わらずレギュラー入りを果たしているという運動神経抜群な人だった。
彼女のような眩しさが少しでもあればこのネガティブさを払拭できるかもしれないと思いつつ、明るさ満点の二人に挟まれると、それはやはり憧れだけで十分だと思う暗さMAXの私もいるのだった。
何て言ったって、周囲からの視線が辛い。
いくら自分が明るくなったからといって、この引きこもり体質は中々治らない気がした。

そんなこんなでしばらく談笑していると、不意に食堂のざわめきが、小さくなったように感じた。
昼休みの終了にはまだ早い気が、と食堂の奥へと視線を向けるとそこから一団、腕章をつけた人たちが入り口側へと向かってくる。

「!」

まだ二人は気付いていないが、何事かと思い目をよく目を凝らすと、その先頭を切る人には人の影が。

空色の影。

それは目の前にいる竹谷くんと、同じ色。

「うわっ」

私の視線を追いその集団に目をとめた竹谷くんは慌てたように私を背に隠し、早坂さんの隣に並んで口を噤んだ。

どくりと心臓がなる。

竹谷くんのこの態度、もしかしたらこの二人、知り合いなのかも…!
神様(仮)は言っていた。人憑き同士の関係が、前世のように上手く結べていないと。だからといって、何も知り合い同士ではないとは言っていないではなかったじゃないか。

徐々に近づく距離に次第に早くなる心臓。
そうだ、人憑き同士が知り合いであれば、接触も大分容易になるのだ。
ここでは名前だけ覚えて、情報は後で竹谷くんから聞き出せばいい。

私は無意識のうちに、ポケットに忍ばせた小瓶を、握りしめた。


が、しかし。

その集団は、竹谷くんに声をかけるわけでもなく、何をするわけでもなく、私たちの目の前をただ通り過ぎていった。


「…ふー、やっぱり緊張するなぁ」

「そうね。この距離で会うのって、そうそうないかも」

「…え?」

集団が通り過ぎた瞬間、途端に動きだす空気は目の前の二人も同じだった。
知っていると言えば知ってはいるが、決して「知り合い」という雰囲気ではなかった様子を奇妙に思い首をかしげると、竹谷くんは通り過ぎた集団の後姿を気にするように、小さな声で教えてくれた。

「この学校にはな、"三恐"って呼ばれる人たちがいるんだ」

「さん、恐?三強じゃなくて…?」

「そうなんだよー。この人たちには下手に逆らわない方がいいぜ。ちなみに今の集団は監査委員会」

「で、その先頭を歩いてた人が三恐の一人、監査委員会委員長の立花先輩なの」

「立花、先輩…」

竹谷くんと早坂さんが「うわっ」といったのは、監査委員という集団が苦手だからだそうで。
聞き慣れない委員会だが、曰く監査委員会とは各委員会からも独立し、選挙や各執行、活動に不正がないかを監査するという校内組織の中でも強い権限をもった委員会なそうで、部活や委員会に参加している二人にとってはそういう意味でも恐怖の集団なそうだった。
確かに今の集団は、食堂という自由な空気が似合わないほどピリリと緊張感をもった雰囲気を醸し出していた。

そしてそのトップに立つのが、委員長の立花仙蔵先輩というわけなのである。

「立花先輩に逆らった委員会は、活動が2週間停止になったとか予算会議の場にすら参加させてもらえなかったとかそれはもう色んな噂がある」

「でもって先輩は学年でもトップを争う頭の良さだから、ちょっとやそっとじゃ太刀打ちできないんだって」

「そ、そうなんだ…」

どんどん膨らむ恐怖の立花先輩像に、果たして今後話しかけるなんて機会をもてるのだろうかと激しく恐怖と不安に苛まれる。
その私の様子を具合が悪いと受け取ったのか、「大丈夫!?保健室行こうか!?」と早坂さんに心配されたため慌てて首を振り、居た堪れなさから誤魔化すように苦笑すると、竹谷くんとまた校内巡りを再開した。



長いようであっという間に予鈴が近づく昼休み。

チャンスは今しかない。

もうすぐ近づく教室を前に、私はごくりと意を決して前を歩く竹谷くんの背を呼びとめた。

「あのっ、竹谷くん!」

「おう?」

「今日のお礼にね、アメ、一粒どうかな?」

我ながらなんて強引な手法何だと思いつつも、いいタイミングにいい理由といえばこれしかないと緊張しながら小瓶を取り出す。
今日一日でもよくわかるほど人のいい彼のことだから、快く受け取ってくれるのではと期待を込めたが、それはあっさりと打ち砕かれる。

「あーアメかー」

手にした小瓶を見た途端、困ったように眉を下げる竹谷くん。
こ、これは…嫌がっている?
明らかに受け取ってくれなさそうな濁った返事にこちらも困惑してしまう。

「嫌い、だった?」

拒絶されたことで早々に折れた私の心だが、第一ステージも乗り越えられずしてこの先の人々に同じことが出来るはずがない。
ここで引き下がるわけにはいかないと、心底残念なそうな表情を一瞬で作り上げ、それとなく理由を尋ねてみた。

「嫌いじゃないんだけど、俺今歯医者通っててさ。甘いのダメだって言われてんだよ」

なんと、まさかの歯医者通いとは!
それじゃあどうあがいても今すぐは無理じゃないかともう一度私の心はぽっきりといとも容易く折れた。
歯医者通いの人に無理やり飴をなめさせる神経など持ち合わせていない上に、一度差し出して拒否されたものを日を改めて提供しようとする頑丈な精神も、生憎私にはない。
しかもたかが、アメ一粒である。

「竹谷くんに絶対食べて欲しかったのに…」

「どうしよう」と自分にしか聞こえない声で嘆いたつもりの言葉は、どうやら耳のいい竹谷くんにはばっちりきこえていたようで。

「俺に…絶対…?」

「う、うん!あのね絶対に受け取ってほしいの!」

僅かにできた竹谷くんの揺らぎに、ここぞとばかりに飛びつく。
アメ一つあげるのに一体何をこんなに必死になるんだと、事情を知らない彼からすれば引くような事態な気がするのは否めない。
ここまできたらやはり引き下がるのは無理だとあまりの必死さにぐっと竹谷くんに近づくと、彼は頬を赤らめ視線を「あー」とか「うー」とか何やら唸った後、ごくりと唾を飲み込み「わかった」と頷いた。


「あーその、治ったらもらっても、いいか?」

「あ、ありがとう!もちろん!」

「お、おう!こっちこそありがとな」

「?」


何故か視線をそらしそう言う竹谷くんは、先程までのは明朗さは何処へやら、急によそよそしく「よ、よし、教室もどろーぜ」と私の前をやや早歩き気味に進んでいった。
慌てて後を追いかける私は、一先ず一人は記憶を取り戻すことが出来そうだと心の中で安堵する。

一人一粒、確実に。(ただし明日から)

これを一先ずのモットーに、私は学園生活を謳歌することを決意し、ギュッと小瓶を握る力を込めた。




それにしても今の会話、二人とも吃りすぎである。
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