世界は重ならない


竹谷八左ヱ門くん、不破雷蔵くん、鉢屋三郎くん、そして担任の原田左之助先生。

私が転入した1年ろ組にいる人憑きは、この4人だった。


転校初日の放課後、誰もいなくなった教室で相棒と二人、私が見た人憑きの顔と名前を一致させる。
そして確認した事実に、ここが教室でなければ両手を床について項垂れたい気分に駆られた。

「みんな、男の人…」

さしてコミュニケーション能力のない私にとって只でさえ話しかけること自体ハードルが高いというのに、相手が異性であれば尚更である。
こういう時の神頼みならぬ相棒頼みも、「うーん、このメンツで仲がいいの竹谷くらいかな」と最も私が接触しやすそうな人物がもろかぶりで名ばかりの助っ人に更に気を落とさざるを得なかった。
竹谷くんは私のような性根の暗い人物にも構わず話しかけてくれる人懐っこい印象を与える人物で、今日も残りの時間は教科書のない私と机を並べてくれた上に、親切にも「明日校内案内してやるよ!」と笑顔で申し出てくれたのだった。
彼ならばアメを渡すのはそんなに難しくなさそうと、第一歩が見えたものの、その先の展開は全く見えない事実に早くも打ちひしがれそうだ。

「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

幸いなことにして教室を見渡せる一番後ろという特等席に腰を落ち着けることのできた今日、必死に授業についていこうと黒板を睨みながらも視線は嫌でも浮遊するものを捕えるわけで。
この際だからとちらちらそれらの姿を目におさめるうちに、とあることに気付いた。

「アメの色が2色あるのって、元々彼らがいた時代と関係あるの?」

「おーその通り!」

やはりそうかと1日中持ち歩いていたガラス瓶をポケットから取り出す。

空色と桜色。

その色は、ぼんやりと浮かび上がる人影を包むように漂う靄と、同じ色だった。

それが異なることに気付いたのは終礼直後のHR。
隣の席の竹谷くんやクラスメイトの鉢屋くんと不破くん、そして今朝あった善法寺先輩は、その影が薄く空色で包まれていたのに対し、放課後再度教室で会った原田先生の影をよく観察すると、それは桜色に映し出されて見えた。
始めは生徒と先生の差かとも思ったが、決定的だったのは彼らの影が纏う服装だった。
善法寺先輩同様、忍者的な服装に身を包む鉢屋くん不破くん、そして竹谷くんに対して原田先生は明らかにそれとは異なるもので。
対して昔の服装に詳しくない私ではあるが、原田先生の着る服装からは、センスにやや近代的な雰囲気を感じたのだった。

「ま、時代もそうだけど、もともと彼らは住んでた世界が違うしな」

「え」

まさかここでパラレルワールド発言が出るとは。
神様がいる時点でどんな世界があってももはや驚きはしないと思ったが、よく理解できない発言に声が漏れてしまう。

すると相棒は紙とペンを取り出し、図式を書く。

A≠B≠C(現世)

「人に例えるとAが竹谷や伊作先輩がいた世界。Bが原田先生がいた世界。そしてC、今名前や俺たちが住んでいて、彼らが転生した先がこの現世。これらは似て非なるもの、完全なる別世界だよ」

「その中での時間軸もばらばらってこと?」

「そ。AにはAの現世のような未来があるし、BにはBの未来がある。もちろん他にも世界は無限にある。だから記憶を思い出しても、それが現世に影響を与えることはない。例えばどんなに前世で有名だった人でも、その人が転生した先はその前世の人物の名が存在しない世界もあり得る。むしろそういった世界の方がほとんどだ」

「なるほど」

少しだけ疑問に思っていた。

皆が等しく転生するのであれば、所謂歴史上の偉人なんて人もまた生を受けるわけで。
いくら記憶を思い出さなくても、自分と全く同じ名や関係のある人々が歴史の教科書に登場すればいくらなんでも驚愕するだろう。
まして、写真なんて残っていたら尚更だ。
彼らがそのような人物でなかったという保証がない以上、過去を思い出すということは歴史の中での自分たちの位置も認識する可能性があるわけで。
そもそも自分であり自分ではない記憶を思い出すという行為自体、本人だけでなく周囲に与える影響は計り知れない行為だ。
場合によっては、今となってはわからない歴史の改竄や隠蔽といった、社会そのものを揺るがす事態にだってなりかねない。

「上手くできてるものなんだ…」

ほうっと感心の声が漏れた私だったが、相棒は手にした紙をぐしゃりと丸めると、そのまま遠くのゴミ箱へ放った。
放物線を描くそれを眼で追う相棒の様子は、先程までの明るさから一転する。


「本来はな。でも今回はそう上手くはいかなかったから、お前や俺がいる」

「交わらないはずの記憶が、世界が、入り混じる事態が起きてしまった」


部活動の喧騒が、ひどく遠くに聞こえる。
また別の世界に来てしまったような、そんな感覚が私を襲う。

聞きたいことはまだたくさんあった。


どうして私なの?
相棒は一体何を知っているの?
そもそも彼らは前世でどういう関係だったの?


けれどそれらの疑問は言の葉になることなく、風のざわめきとともに虚空へと消えていった。
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