早すぎた目覚め


ぼんやりとしていた意識が覚醒し、瞼をゆっくりあげると見慣れぬ天井が目に入る。身体を動かそうとすると、己にかかっていたものがずり落ちそうになり、ようやく自分が白いベッドの上に寝かされていたこと気がついた。
もしや先程の白い空間は無意識にみたこの白い部屋が夢に現れたのではないかと思ったが、そこでふと、自分が今さっきまでいた空間のことを夢とは思えぬほど鮮明に覚えていることに気付き、私はがっくりと肩を落とした。

ベットを隠すように覆っていたカーテンの合わせ目にそっと手を入れ向こう側を覗く。
無意識のうちに足が自ずと保健室へ、ということなどあり得ない以上(ましてここははじめてくる場所だ)自分を運んでくれた誰かがいるはずである。

そっと頭だけをカーテンの向こう側へと出し、視線を左右させると、例えるならばちっと火花があがるような音がするように、私の視線は机を挟んで向こう側に座る人物とぶつかった。

「良かった、目が覚めたんだね」

明らかに挙動不審であろう私を気にする様子もなく、その人物は人の良さそうな笑みを浮かべた。制服を着用していることから学生であることが判明するも、私はそれ以上彼の容貌を直視することはできなかった。

正確に言うと、彼「本体」よりを直視することは、その背後に存在するもののせいで叶わなかったのである。

「どうしたの?まだ具合悪い?」

「いえ、もう大丈夫です」

なんとか彼の背後へ向いてしまう視線をそらし、ベットから降りようと足を床につく。
ぐっと力を入れようとすると右足に違和感を感じ目を向けると、膝に軽くガーゼがあてられていた。

「さっき倒れた時に擦ってたみたいなんだ。目が覚めてからきちんと手当てしようと思って軽く消毒しただけなんだけど…」

他にも痛い場所はあるかな?と問われ、お礼とともに他には何もないことをも伝える。意識すれば確かに痛さを感じるが、丁寧に処置がされているおかげか歩くことに支障はない。
十分な処置のように思えるが、傷が残るといけないからと、再び処置をするため彼の前におかれる椅子に座るように促され、有無を言わせないその状況に、私はただ言われるがままにするしかなかった。

手慣れた手つきで治療する彼は、生徒ではなくて先生ではないかと思うほどの手際のよさだった。先輩であろうその人をみると同時に、半強制的に視界に浮遊する人物が入る。
まるで本当に眠りについているかのような安らかな表情で瞳を瞑るそれは、私にはこんなにもはっきりと見えているのに、やはり神様(仮)が言っていたように本人には見えていないようだった。


しかしどうしたものだろうか。
記憶を呼び起こすべきターゲットが目の前にいるというのに、手出し一つできないとは。何故方法を教わる前に目が覚めてしまったんだ。再びこの人物と遭遇できるかもわからないし、仮に会ったところで今のような二人きりという何が起こっても私とあなた二人の秘密よ、なんていう素敵なシチュエーションが訪れる可能性なんて皆無に等しい。
確か神様(仮)は手助けをする人物をよこすと言っていた気がするが、そういうキーキャラは真っ先に会いにくるものなのではなかろうか。早く私に目の前の人物をどうすればいいか教えて欲しい。

それにしても私の膝を治療しているため当然であるが、彼との距離が近い。当然、憑いているものも。彼の視線が自分の膝に向いていることを良いことに、私はまじまじと憑いているものを観察した。

前世というだけあって容貌に関しては全くもって現世のそれと同じで、強いて言うなら若干の幼さを感じることと、髪の長さが違うくらいだろうか。
一体いつの時代から生まれ変わったのかは定かではないが、憑いているものが纏っているものは、現代では到底馴染みのなさそうなものだった。着物でもないし…何というか、忍者?が着るようなものを纏っていた。そうだ、きっと忍者だ。
断定したのは良いが、忍者っていつの時代に存在していたんだろうか。足軽も忍者みたいなものだった気がするが…知ってる忍者なんて猿○佐助くらいだよ、少し前にドラマ的な何かやってたなそういえば。
ただ治療されているのも手もち無沙汰なため、もしかしてこれは触れるのではなかろうかと手を伸ばすも、私の手はあっけなく空をきった。
…触れないとなると平手打ちをして叩き起こすことも叶わない。
ここは大人しく相棒(仮)の登場を待つことにし、その場ではこの憑きものを起こすことは諦めることにした。



「…あの、あなたがここまで運んでくれたんですか?」

膝の治療も大方すんだようで、丁寧に巻きなおされる包帯を視界に映しながら目の前の人物に声をかける。

「うん、運んだのはね。でもはじめに君に気付いたのは違う子だよ。保健委員の子なんだけど、授業があるから先に戻ってもらったんだ」

「そうですか…」

言われてみれば倒れる直前にみえた姿は女の子だった気がする。

「はい、これでおしまい。今は授業中だけどチャイムがなってから教室に戻るかい?それなら先生に後で伝えておくから名前とクラスを教えてほしいんだけど…」

「名字名前です。クラスは…」

あ。
名乗った直後、私はすっかり忘れていたことを思い出す。
そうだ、今日は転校初日じゃないか。

急にかたまった私に、手当てをしてくれた人物は「何処か痛むの!?」と慌てた様子で声をかけてくれた。
これ以上心配をかけるのも申し訳ないものの、自分のクラスどころか職員室の場所すらわからない私には彼に頼る以外他にない。
恥を忍んで「実は、」と事情を説明しようとしたその時、保健室の扉の向こうから来訪を告げる声がした。

「失礼します。1年保健委員の一条です」

ガラリと扉を開けた人物はどうやら保健委員のようで、怪我人でも連れているなら早くお暇しなければと思ったが、生憎来訪者は彼一人だけだった。

「どうしたんだい?」

「こちらに転校生の名字さんが来てないかと思いまして」

「…名字さん、転校生だったの?」

きょとんと首を傾げるその姿に、途端に居た堪れなさを感じる。
はい、言いだせなかっただけで、そうなんです。

「よかった。先生が、職員室に来ないからどこかで行き倒れてるんじゃないかって心配してたよ」

「すみません…」

一条相棒と名乗った彼は、私と同じクラスの保健委員のようで、先生に言われてではあるが、こうして丁寧にも私の行方を探し、そしてクラスまで連れて行ってくれるとのことだった。
目の前の人物だけでなくクラスメイトや先生にまで余計な心配をかけてしまったと恥ずかしさやら申し訳なさやらで穴に入りたい気分に駆られるも、同時に迎えが来たことに心底安堵する。
このまま一先ず職員室へ連行ともなれば余計に手間と心配がかかったに違いない。


「名字さん、もしまた具合が悪くなったら酷くなる前に保健室においでね」

「はい。どうもありがとうございました」

「相棒も彼女の具合が悪そうだったら、すぐに連れてくること」

「了解でーす」

お大事にと部屋の中から手を振る先輩を置いて、私は一条くんと共に保健室に一礼した。
扉を閉める前に、そうだ、肝心なことを聞いていないと慌てて先輩に声をかける。

「あの、先輩!お名前、お伺いしてもいいですか?」

今日は無理だったが、そのうちお礼と称して会う機会でも作ろう。
記憶を呼び起こすのも、何も今日中に全員という無謀な計画ではあるまい。

私が投げかけた声に、先輩は不思議そうな顔をした後、これが噂の癒し系かとでもいうべき優しげな笑顔を浮かべたのだった。



「善法寺。保健委員会委員長の、善法寺伊作だよ」
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