前世と現世のお話し


昔からたまに、本当にたまに、妙なものが見えるときがあった。

それは物心つく前のことだったから見えて当然だと思っていたけれど、後々普通は見えないものだと悟ってからは、半分無意識的に頭から追い出そうとしていたようで、気づけばよっぽど体調や精神状態が不安定な時でなければ見えないようになっていた。

だから自分に妙な力があることなんて中学校を卒業するころには忘れていたし、実際にそういう目にあうこともなくなっていた。


それなのに。


住み慣れた土地を離れ、通いなれた学校からの転校を家庭の事情で余儀なくされた私は今、新しく通うこととなった高校に一歩足を踏み入れた瞬間、言いようのない妙な「気」にあてられ、本来ならば今頃新しい教室で自己紹介をしているはずが、登校早々誰の目に留まることなく校舎裏の花壇の脇にしゃがみこんでしまっていたのだった。


「…何、ここっ…」


妙な「気」だけでなく、訳も分からず「みえた」ものに思考がついて行かず、気持ち悪さに口元を押さえる。
決して不快なものではないのだが、何故そんなものが見えるのかがわからない。

加えて頭痛もし始め、意識が遠のきそうだ。朝家を出た時はいつにもまして好調だったのに。



「あの、大丈夫ですか…!?」



この学校で初めて声をかけられた時、私の意識はすでにブラックアウトしていた。


***


「…で、何、ここ?」

次に意識が戻った時、いや、正確にはまだ戻っていないのだろう。

なぜなら私は今、あたり一面真っ白な空間にいたのだから。


「これ、絶対神様的な何かが声かけてくるフラグだよ…」

まだ自分は星になっていないと信じているため、この現象を考えるにはそれが妥当だと思いこみたい。
軽く見回しても何もない空間、そんな中に一人でいるはずだが、不意に誰かの声があたりに響いた。

「おっ、よくわかったなー。いやいや物わかりのよさそうな子で助かったよ」

「…え、神様?」

「そんな大層なものじゃないんだけどなー。折角そう思ってくれたならそういうことにしておく」

じゃあ誰なんだと問いたいが姿が見えないためそれも叶わない。一体どうして私がこんな状況に陥っているのだろうか。
どう考えても元凶は姿が見えないその人であることは間違いない。
仕方がなく何もない空間にこれはどういうことかと問いかけると、また響くような声で事態の説明が始まった。


「ええと名字名前さん?君にはこの学園の人たちに纏わりつく「あるもの」が見えたよな?」

「…」

「それをさ、取り除いてほしいんだよね」

ちなみにここで嫌ですって返答したら、ここから帰せないから。

もし表情が見えたらニコリという効果音がつきそうな言葉に、起きたときにはとれていたはずの頭の痛みが再びぶり返した気がした。

私がこの学園に入った時に気分が悪くなった理由。それは窓から見える生徒の姿に被るように「あるもの」が存在していたから。
しかもそれは全員ではなく限られた人だけのようで、一層気味が悪く感じた。


私が遠目で確認した限り、この学園の生徒たちの何人かは、何故か背後にその人と同じ容姿をした「人」に憑かれていたのだった。


憑かれていた、というのは語弊があるかもしれない。
なぜならその「人」達からは悪意のようなものは感じなかったから。(こういうのは今までの経験でなんとなくだが察せるようになった)
守護霊のようなものかとも考えたが、かつて悪霊はあっても守護霊が見えたなんてことはない。
そもそもそうだったとしても、特定の人物だけに、しかもこの学園の人物だけにみられるなんておかしな話だ。

どういうことかと尋ねようとすると、まぁとりあえず話を聞けと遮られる。

「正確に言うと、やってほしいのは「取り除く」という作業じゃない。「呼び起こす」だ」

「呼び起こす…?」

「そ。彼らの『記憶』をな」


「人」が憑く人たち(長いので人憑きと呼ぶことにする)にはある共通点があるらしい。

それは彼らが前世で出会っているということ。

神様曰く、輪廻転生が繰り返されて成り立つこの世界は、現世と前世に密接な関係があるという。
前世で出会った人たちは、再び現世で出会い、本人たちが意識せずとも自然と交流し、前世と同じ関係を築いていけるよう、計られているそうだ。
通常は誰もが前世の記憶など持ち合わせていないため、今の世界で出会った人は当然「初めて会う人」たちばかりだ。
しかしそこから築かれる人間関係は、偶然のようで「必然」のもの。
私たちは自分たちが知らないだけで、生まれ変わっても何度だって同じ人たちと出会い、再び同じような時を過ごせるよう計らわれているのだ。


ではそのことと人憑きには一体何の関係があるというのだろうか。


「前世での関係といっても、人によってはそれを強く望むものもいれば、そうでない人もいる」

名前が見た人憑きは、前世でのつながりを特に強く望む人たちだ。
後ろについてた本人そっくりのものは、そいつの前世の姿。あまりにも前世の記憶が強くて、視覚化されてしまっているんだ。
まぁそんなものが見えるやつはここではお前くらいだけどな。

現世で構築される関係は、前世でその人がもっとも強く思いを残している時代に基づいている。
しかしそれは人によって「ずれ」があるから、100%同じ人たちが「揃う」ことなんてまずはないし、関係性も必ずしも一致しない。(例えば前世での親友が年が離れた兄弟となることだってある。この場合、双方とも繋がりは求めたがお互いが大切に思った「時間」にずれがあったんだ)
そもそも人間が一生の間を過ごす中、関わる人たちはごまんといるだろう。故にそのうちの全ての人と、必ずしも再び出会うとは限らないんだ。

けれども稀に、ある一定の「時間」を過ごした人たちの中には、その「時間」にかかわった人が揃って再び再会することを場合がある。

そのような人たちも世界の法則にのっとり再びの世で再開させるのだが、前世での記憶が揃いもそろって強すぎるため、再開させる場に注意が必要となる。

それは強い記憶の前世を持つ集団を、同じ空間に、同時期に二つ存在させないこと。
なぜならお互いが持っている『記憶』が強すぎて反発しあい、世界の均衡が崩れてしまうから。
そうすると、前世で関わりがあった者同士が上手く関係を結べないという本来あるまじき事態が生じ、関係のない第三者のバランスも崩していってしまうのだ。

そのことを防ぐためには、前世での関係性を一度思いださせる必要がある。『記憶』を覚醒させ、現世でも関係が持てるよう仕向けるのだ。


「…要は思い出さないことが大前提の前世の記憶を、思い出したいと望むくらい前世に固執している人たちがこの学校にはまとまっていて、本来は同じ空間に1グループまでのところを何をどう間違ったかこの学校に2グループ存在させちゃったってこと?」

「うんうん」

「で、そのせいで世界の均衡が崩れていて、前世で関係ある人たち同士が繋がりを持てていないと」

「そうそう」

「だから一度前世の記憶を呼び起こして、関係がある人たちを結び付けるという強制イベントを引き起こさないといけない。で、その記憶を呼び起こす手助けをするのが、私」

「お、最後のは今から言おうと思ってたのによくわかったなー。いやー理解力のあるやつでホント良かった。俺説明下手くそだってよくどやされるんだよ」


誰にだ。でも確かに説明長いんだよ。先が読めたよわたし。
だってこんな空間に連れてこられるって、どう考えてもその役目は私でしょう?


「…でもそれって神様の力でどうにかならないの?一度に皆思い出させるとか、誰か一人でも良いからとりあえず覚醒させるとか」

よく小説なんかでもあるじゃないか、前世の記憶を持っている人が馴染みの人を探すとか、そういうの。
元からの知り合いがみんな周りにいるなら感動の再会も1日2日で終わるだろうし、そうでなくても誰か一人でも思い出せばその人が何か行動を起こしてくれることだろう。
何故に全くもって第三者である私がそんなことをしなければならないのだろうか。

「だから俺は神様ではないからそんなこと無理なんだよなー。それに最初の記憶の覚醒は慎重にやらないと「今」の記憶がダメになる」

強引な覚醒は一度に大量の情報が脳内に流れ込む形になるので、思い出したところで「今」の自分とのすみ分けをさせることが大変らしい。
なんて面倒な仕組みなんだ。

「じゃあ、一体どうやって戻せばいいの?」


いい加減この空間から解放されたいと、しぶしぶ協力するという前向きな姿勢を示した途端、急激に私に睡魔が襲い、只でさえ反響するようにきこえていた声が遠いところからきこえ、最後の方はもはや何を言っているのか分からなくなった。


目を覚ましたら、ここでのことは忘れてしまっているだろうか。
これが夢だといいなと無駄だとわかっている最後の悪あがきをしながら、私は本日二度目のブラックアウトをすることとなった。



「お前に協力する奴を現世に送るから、後のことはそいつに聞け。それから、――には、気を―け――――」
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