たった一人の


「鉢屋ー昼食いにいこーぜ」

「おー」


昨日の放課後、すれ違ったことなどなかったかのように、私にとっての鉢屋くんは何も変わらなかった。

名前しか知らない、ただのクラスメイト。

階段で聞いた不破くんへの言葉さえも、今の鉢屋くんからは想像できないものだ。
人当たりは決して悪くなく、初めはどこか周囲から一歩引いたような雰囲気を醸し出しているものの、話してみればむしろ冗談も交えた人当たりの良さも兼ね揃えている。(と相棒が言っていた。)
そんな彼だからこそ、不破くんのことを嫌っているというのは俄かに信じがたい。
そしてそのことをさして隠す様子もないようなのだから、周囲も、そして不破くんでさえもそれが「鉢屋三郎」だと認識している。
決して表立って不破くんに何かをするわけではない。
ただ、言われてみれば、周囲に向ける態度に比べ、不破くんへのものがそっけない印象を受けるといった程度。
私だったら言われていたとしても、しばらくは気づかないかもしれない。

昨日のような場面に出くわさなければ。


***


不破くんは私と鉢合わせてしまったことに少しばかり居た堪れなさそうにしていたものの、そのまま立ち去ろうとするかと思いきや、ぼーっと佇む私に少し話さないかと声をかけた。


間に少し距離があるものの、二人並んで階段に腰をかける。
誰かがまた通らないかとひやひやするのは、不破君の様子が何処となく内緒話をするようなそれと似ているからだろうか。


「不思議だね、名字さんとは初めて話すのに」

隣にいると、なんだか安心するや。

確かに私に向けられた、小さな言葉。
はっと顔を彼に向けると、不破くん自身も自分が零した言葉に驚いたようで、「ごめん、なんでだろうね」と私と同じように不思議そうな、そして困った表情を浮かべたのだった。
私も私で、これが例えば他の人に言われたものなら新手の軟派かなにかと思うだろう。
けれど、何故か不破くんだからそれはないと、こうして顔を合わせることすら初めてなのに根拠もなく思うのだった。


「不破くんは、鉢屋くんと一緒に住んでるの?」

互いに視線を足元に戻した後に訪れたのはしばらくの沈黙。
それは決して居辛さを感じるものではなかったが、何かを尋ねなければいけない気がして、私は口を開いた。

先程の会話を私が聞いてしまった手前応えないわけにはいかないと、不破くんは少し応えるのに戸惑いながらも頷いた。

「親同士がね、再婚したんだ」

クラスメイトには話してないんだけど、と続けた先は想像以上に絡み合った話だった。

そもそも二人に血縁関係は全くなく、赤の他人で"あった"のは間違いなかった。
今年の春に、不破くんの母親と鉢屋くんの父親が再婚するまでは。
去年までは、クラスも違っていたため、名前は知っていても話すことはなかったらしい。
そのため不破くん自身は、周囲から「似ている」とは聞いていたものの、実際に対面するまではどれくらいのものかは知らずに過ごしていた。

偶然かそれとも必然なのか、2年に進級し同じクラスになった二人。
けれどもそこで顔を合わせる前に出会ったのが、親から再婚相手を引合された場所だった。


「初めて三郎を見たとき、"やっと会えた"って思ったんだ」

それまで会ったこともないのに変な話だよねと苦笑する。
驚くほど似ている相貌は、ドッペルゲンガーの如く恐怖すら抱いてもおかしくないのに、その時襲ったのは恐怖というよりもむしろ感動だったと、彼は言う。

言いようのない高揚を抱いたのは不破くんだけでなく、彼と鉢屋くんの親も同じだったようだ。
子どもを抜きにしても関係は良好であったそうだが、子どもの写真をお互いに見たとき、これは運命に違いないと再婚を決める後押しとなたようだ。
嬉しそうに話す母親の姿に、幸せを感じない子はいない。
それぞれが小さく喜びを噛みしめる中、始まった生活。

けれど鉢屋くんが不破くんに辛くあたるようになったのは、その時からだった。


初めは無視をされるまでではなかった。
ただ、何処となくまだ「家族」になったことを受け入れていないような雰囲気で。
当然、全くの他人同士が急に住むことになったのだから、自然体でいる方が難しい。
「三郎は気難しいからなぁ」という彼の父親(そして今は不破くんの父親でもあるが)の言葉に、急でなくとも少しずつ距離が縮まればいいと思っていた。

それでも、僅かな溝は気持ちとは裏腹にどんどん深まってゆく。

決定的となったのは、父親の一言だった。



「…なんだよそれ」

「三郎?」

「『母親に甘えたらいい』だなんて、どうしてあんたがそんなこと言うんだよっ…!!」



「三郎のお母さんは、三郎が10歳の時までは一緒にいたんだって」

それは中々家族の団欒に馴染まない鉢屋くんを、そして不破くんたち家族を繋げようととした、父親なりの想いのこもった言葉だったに違いない。
そうだったとしても、鉢屋くんにとっての母親は、二人といないのだ。

既にもう一緒にはいない面影が、ずっと心に残っているのだろうか。


その出来事以来、鉢屋くんが家族の前に姿を見せることは、ほとんどなくなった。


***


「そういえば不破くん、今日来てないなぁ」

「名前ちゃん、不破くんといつの間に仲良くなったの?」

視界に入らない姿に疑問を口にすれば、早坂さんが不思議そうに首を傾げる。

昨日偶然帰りに会ったの、と探していた視線を彼女に戻す。

どうやら風邪をひいたらしいというのを知ったのは、昼休みになってから。
昨日は元気そうだったのにと思い返す中、ふと一つの出来事が気になった。



ポツリポツリと話を聞いているうちに時間はあっという間に過ぎてしまった。
聞いてくれてありがとうと、ほぼ何も言うことも為すこともできなかった私に優しく微笑む。
立ち上がり固まった身体を解すように四肢を伸ばしながら、不破くんは「三郎、ちゃんと帰ってくるかな」と一言呟いた。
その姿があまりにも不安げで、咄嗟に私はポケットの中から取り出したものを不破くんの手の平に押し付けるように乗せた。

「不破くん、良かったらこれ、あげる」


鉢屋くんと「家族」になれるように、おまじない。


「…ありがとう」

二つの小さな飴玉は、不破くんと、そして鉢屋くんの分。


お互いの関係がどうであったかは定かでなくとも、かつて二人がともに時間を過ごしていたのは明瞭だ。
そしてそれはきっと、簡単に途切れてしまうようなものではない。
記憶を取り戻すことが、二人を繋ぐ鍵となれば。

教室を出ていった鉢屋くんの姿と、昨日の不破くんの姿を重ねながら、私は無意識にほんの少しだけ軽くなった瓶を握りしめた。

このアメを舐めた後、一体どのように記憶が戻るのかその過程は何も聞かされていない。


不破くんが休んだ原因がこれになければいいがと祈る気持ちを裏切るように、彼は次の日も学校へ姿を見せることはなかった。

そしてそれは、鉢屋くんも一緒に。

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