ローザと六月くんの突発的なお話











差し込む陽光を頭からすっぽりと被る後ろ姿。
目に見えない天使の綿毛が髪を伝って肩、背中、膝、ほろほろりと零れ落ちて、足元に染み込んでいく。そうやって携えた日溜まりに埋もれてしまいそうな佇まいが、まるで森の奥でひっそり暮らす苔だらけの石のようだった。
きっとひんやりと固くて、あたたかいに違いない。

音もなく筆先はキャンパスを汚す。
その軌道を眺めるのが好き。

日当たりのよい美術室の窓際で、太陽の気配に包まれて、尚もそれは夜の海に似ていると言えた。けど絶対に違うとも思った。
鯨の肌みたいな不思議な色使いだ。それなのに何故だか少し安心する。
その心地をどこか知っている気がしたあたしは、気になって考えた。そして昨日の夜にお布団を被って見えたものを思い出して、首を傾げる。だって、それは真っ暗な闇だったのだ。

「ねぇ、これなに?」

ひとつ訪ねてみる。
頭の中で浮遊を始めた疑問は、ぷかぷかと揺らいで海月そっくりだ。一個見付けたらふたつみっつとどんどん出てきて、数えてみてもキリがない。

「宇宙?深海?地球の裏?胃の中?目瞑った時の絵?だいだらぼっち?怪獣の心臓?」

ちぐはぐな予測を並べ立てるけれど、どれもその絵には全然不釣り合いで当てはまらない。身体を内側から擽られるようなもどかしい疑問符が、排出されるがままあたしの周りに散らばっていった。
僅かに首を動かして、視線だけで振り返った彼の瞳はやっぱり夜の海に似てる。崖の上から覗き見る吸い込まれそうな目だ。けれど、仄暗い奥の方では純朴な思考が通ってるのだろう。そんな風にも思える。
耳を澄まして聞く波の音が昼と夜で変わることがないのと、彼も同じなのだ。

「僕の魂の帰る場所だよ」

緩慢な動作で開いた薄い唇から、迷いなくするりとコトバが落とされる。考えるまでもない、と言いたそうな彼の意志が斜陽に溶け込んでいて、それはあたしの靴先を暖めているものと同じ気配がした。
なんだか、ワクワクする。
登場人物の少ないパレットを見つめながら、きっとこの子は特別な宝箱を作っているのだと考えた。自分を収める素敵な素敵な宝箱。

「ねぇ、明かりは持ってかないの?」

「いいんだよ」

「ふーん?そっか」

宝箱を作る彼の姿は、日溜まりに影を落とす。その薄ぼんやりとした部分にしゃがみ込むと、羽毛に抱きしめられたみたいに暖かい。

「ローザは金平糖みたいな星がいいなー」

「…?」

「明かりが欲しくなったらローザの半分届けたげるから、言ってね」

見上げた指先はひとつも汚れていなかった。綺麗な手が大切そうに慈しみながらキャンパスを汚している。
泣くように色が滲んでいく。

「…うん」

そっと囁いた横顔は斜陽に溺れて、少しだけ笑った気がした。










ローザと六月くんが同じ美術部だと思って以前ツイッターで呟いてたことから。いちかさんの六月くんの発言をそのまま頂いてしまいました。






120408 胎児は語る