わたしが一体なにをした



「ちょっとあんた、聞いてるの?」
「トムに少しやさしくされたからって調子にのらないでくれるかしら」

美人なお姉さんたちのグロスが塗りたくられた唇から吐かれるあまり美しくない毒々しい言葉たちを右から左に聞き流しながら、午後からの魔法史の退屈さについて考えている昼下がり。
あれは先生の声がいけないとおもう。人を眠りに誘うような延々続く単調な声色が悪いのであってわたしは悪くないとおもう。
長い廊下を歩く足を止めずにそれでもなお着いてきながらわたしに対するいわれのない恨みつらみを投げつけるお姉さんたちはもはや必死だ。そんなにいいかトム・リドル。あれはなにか企んでる顔だよ、絶対にただの優男じゃないよ、とわたしの本能が告げております。
そんな第六感的な事柄を、すりガラス並みの乙女フィルターの持ち主である彼女たちに進言してもきっと意味がないからやめておいた。

「いい加減に止まって話を聞きなさいよ!」

息を切らして叫んだ誰かの手がついにわたしの腕を掴んだ。きれいにマニキュアの施された長めの爪が食い込む痛みについにわたしも苛立ってくる。
お姉さんたちに絡まれるのも他の生徒にじろじろ変な目で見られるのも今朝パンが喉に詰まって死にかけたのも全部、トム・リドルのせいだ。もう怒った。とっておきの奥義を喰らわせてやる。
わたしは勢い良く振り上げた右手の人差し指を明後日の方向に向けて最強の呪文を唱えた。


「ああっ!あんなところにトム・リドルが!」


その瞬間、お姉さんたちはものすごい速さで瞬時に乱れた髪やら化粧の具合やらを確認して(そんなデカい鏡どこから出した)きょろきょろと愛しの王子様を探し始めた。もはや条件反射に近いそれに感心すら覚える。

「うそっどこどこ!」
「トム!?どこにいるの?」

愚か者どもめ修行が足りぬわ。
足早に人の間をすり抜け、次の教室へ向かう。
無駄な体力やら気力やら魔力やらを使うことなくまんまとその場を逃げ出すことに成功しほくそ笑んだのもつかの間。曲がり角を曲がった瞬間、誰かの胸板に鼻を強打し床に転がった。

「ぎゃああ鼻つぶれた!わたしの謙虚で控えめな高さの鼻が!」

くそうどこのどいつだ、たくましい胸板しやがって!

「大丈夫?」

激痛に悶えびたんばたんとのた打ちまわるわたし目掛けて振ってきた声に思考が即座に停止した。そのまま心臓も停止してしまえばよかった。
トム・リドルは口元にたたえた笑みを一層深めて、私の手を引き立ち上がらせる。

「ああいけない鼻血が出ているよ」

医務室に行かないと、ね。
そう言った奴の目はおもちゃを見つけた子供みたいに、否、ねずみを壁際に追い詰めた猫みたいに爛々と、ええそれはもう輝いていましたとも。


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